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ケネディ大統領、ケネディファミリー及びその周辺についてのケネディマニア日記です。
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白木ミト「マリア・シュライバー 、新たな旅立ち」


マリア・シュライバー 、新たな旅立ち

                                         白木ミト

カリフォルニアの州知事であったシュワルツェネッガーと25年の結婚生活に終止符をうち、先日別居を発表したマリア・シュライバー。 今まで政治家の妻として、二人で危機を乗り越え、夫を支え賢く振る舞ってきたと思います。
最近の彼女の傾向が、政治家の妻とは少し違う方向に向いてきているのを、
Twitterのつぶやきから感じていました。愛についての詩や言葉、惹かれるものやリツイートするのがスピリチュアルなことだったり、「あなたは誰なのか?」「あなたの信念は何?」という問いかけの数々。

別居を発表する前から、プロフィールには「活動家、著者、ジャーナリスト、妻、母、娘、姉で妹。一人の女性、未完成の作品」とありました。母であり、娘である一人の女性のマリアが、社会で起きている出来事に向ける視線には、同じ女性として共感できることが多くあります。
政治家の夫を支える妻というよりも、自分が何者であるか、何が出来るのかに焦点がある感じ。 そして、その根本には子供やアルツハイマーの人たちへの支援活動、ボランティアの組織を効率よく運営していくことへの呼びかけ、NPOへの関心などがあるようです。
数日間つぶやきは中断しましたが、別居発表以前の最後のつぶやきは
「あなたのお母さんは、あなたが、本当の自分でいることをどんなふうに励ましましたか?」という問いかけでした。
マリアも子育てが一段落し州知事夫人の任期を終えたところで、自分探しが始まったのでしょうか?

政治的な方向性やイデオロギーもシュワルツェネッガーとは違う。実家のケネディ家が民主党で、シュワルツェネッガーが共和党、ということだけでなくて、もっと人としての根本的な価値観が違うのかもしれません。それは単に、女性としての視点からくる性差だけにとどまることでもないような気がします。 今まで知事の妻という立場から、その違いもうまく融合してやってきていたと思います。

スペシャルオリンピックス創始者のマリアの母親ユーニスは、彼女をどう励まし育ててきたのでしょう。そのお母さんが2年前に亡くなり、いろいろ感じることもあったと思うし、自分のこれからの人生をどう生きようか、自分をどう完成させていこうか、と深く考えたのかもしれません。 家族の中での母、妻という立場を超えて、一人の女性として母や妻という視点は保ちながら社会へ影響を与える仕事により力を注いでいきたいと思っているのかもしれません。

私もティーンエイジャーの娘を持つ母親として、子供は自分の分身のようであっても他人、というスタンスは常に心がけないといけないと思っています。どうしたら子供が自分の人生を一人で歩いていけるようになるか、母親としてどう手助けできるか。 マリアが言うように、親が期待するような人間ではなく「本当の自分」として子供たちが生きていけるように励まし支える母親になりたいと思い、それが実現できる社会になることを願ってやみません。
マリアが、これから一人の女性として、自分を、人生を完成していけますように。
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# by kennedy-society | 2011-05-15 10:11 | マリア・シュライバー

シュワルツェネッガー前カルフォルニア州知事夫妻、離婚へ

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米カリフォルニア州のアーノルド・シュワルツェネッガー前知事(63)と妻のマリア・シュライバーさん(55)が9日(日本時間10日)、離婚することを明らかにしました。

夫妻は、1986年に結婚し、先月26日に25回目の結婚記念日を迎えたばかりでした。

AP電などによると、夫妻は連名で「私たちの今後の関係について検討する間、別居する」「何度も考えて話し合った結果、この結論に達した」という声明を発表。

夫妻には、長女(21)、次女(19)、長男(17)、次男(13)の4人の子供がいますが、声明では「子供たちは私たちの人生の中心であり光。子供たちの両親であり続ける」としています。

なお、別居開始の時期や具体的な理由については言及していません。

シュワルツェネッガー氏は2003年10月のカルフォルニア州知事選に出馬し、当選。2期務めたあと、今年1月に退任。退任後は自身のツイッターで、俳優復帰に向けて話を進めていることなどを明かしています。

妻のマリアさんは、かつてテレビの人気キャスターとして活躍。母親で知的障害者のスポーツ大会「スペシャルオリンピックス」創設者のユーニス・ケネディ・シュライバーさん(2009年死去)が、ケネディ大統領の妹。
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# by kennedy-society | 2011-05-11 23:57 | マリア・シュライバー

「米書だより」‘64のノンフィクション・ランキングについて


堀切  友孝

「米書だより」‘64のノンフィクション・ランキングについて
    (米国大使館文化交換局発行の小刷子)
         

                                               
月刊「米書だより」(米国大使館文化交換局発行の小刷子)に連載されているベスト・セラー・ランキングの「ノンフィクション」部門について
               
1964年5月のアメリカのベスト・セラー・ノンフィクションのランキングの中で、故ケネディ大統領に関連する本は 
1.Four Days ,compiled by U.P.i and a.h
2. A day in life of President Kennedy  
3.                              by Jim Bishop                            
4.Profiles in courage  by John F.Kennedy  
とある。
    
米書紹介では、
Jim bishop  「A DAY IN THE LIFE OF PRESIDENT KENNEDY」   
を取り上げ、
 「・・・この本の原稿はすでに大統領報道官ピエルー・サリンジャーの手許にあり、氏はホノルルで一読中であったという。大統領自身がこの本の完成を待ち望み、催促をしたために、予定より早くサリンジャーに届けたという、曰くつきの本である。」 
と解説している。

「文化短信」では、
*ジャクリーヌ・ケネディ夫人はケネディ暗殺事件の権威ある記録を書くようにウイリアム・マンチェスターに依頼した。
*ジョン・F・ケネディと共に過ごした11年の回顧録を前大統領補佐官セオドー・Cソーレンセンがこのほど執筆することになり、ハーパー・アンド・ロウ社と契約を結んだ。                       
と報じている。 

1964年7月のノンフィクションのランキング  
2.Four Days   
4.A day in life of President Kennedy   byJim Bishop  
6.A Tribute to John F,Kennedy  
            by P.Salinger and S.vanoucur  

「文化短信」では 
A Tribute to John F,Kennedy が故ケネディ大統領の誕生日の5月29日にエンサイクロペディア・ブリタニカ社から出版された。この本には、・・・これまでどこにも発表されたことのない、ジャクリーヌ・ケネディ夫人の水彩画のカラー複製がある。 

1964年10月のノンフィクションのランキング                            
5. A Tribute to John F,Kennedy
            by P.Salinger and S.vanoucur 
7. The Kennedy Wit by bill Adler
10. Four Days 
 
「文化短信」では 
 アーサー・シュレジンガー二世は、 ケネディ大統領との政治について[John F.Kennedy in White House]を来年 ホートン・ミフリン社から刊行する。  
と報じている。
 
1966年3月【№155】ノンフィクションのランキングを見ると                            
1.A Thousand Days by Arethur M. Schilesinger   
2. Kennedy.  by Theodore C. Sorensen      
です。

★他にケネディ大統領関連で、この時期に発刊した本・雑誌について 
ハード・カーバーでは、                       
John F. Kennedy by Hugh Sidey
My Twelve Years With Kennedy by Evelyn Lincoln
With Kennedy by P. Salinger

The Torch Is Passsed….. (The Associated Press)・・・暗殺事件の記録として    
があります。

雑誌では LIFEの[John F. Kennedy Memorial Edition]があり、日本に於けるこの特集号(4月上旬発売 ¥300)の事情を伺い知ることができる予約申込書の半片が残っております。

「アメリカ国内で120万冊を即日売りつくし、すでに4版をかさねたケネディ大統領 回想特集号は、今回全世界からの熱烈な申込に応じて国外への輸入を決定しました。 
(中略) 1月下旬ダラスの事件を特集したLIFE(国際版)12号は発売と同時に売り切れ、多くの方々にご迷惑おかけしました。(中略)今回も輸入部数に制限があり即日売り切れが予想されます。」
と記載あり。

当雑誌LIFEの[John F. Kennedy Memorial Edition]は1988年冬に25周年版として再版されております。

今回取り上げた米書籍の邦訳版(出版順)は
1、悲劇の大統領    H・サイディ 1964年7月30日 荒地出版社
2、ケネディウイット  B・アドラー     1965年8月16日 ダイヤモンド社
3、ケネディと共に   E・リンカーン    1966年1月 5日  恒文社 
4、ケネディの道    C・ソレンセン    1966年5月20日  弘文堂
5、ケネディ(上・下)  A.M.シュレジンガー 1966年9月15日  河出書房
6、ケネディと共に(上・下) P.サリンジャー  1966年9月20日  鹿島出版会 
7、ある大統領の死(上・下)W.マンチェスター  1967年4月10日  恒文社

不備を承知で手元にある資料に基づき「米書だより・1964年」についてまとめてみました。

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# by kennedy-society | 2011-04-23 21:59 | 堀切友孝

パトリック・ケネディ前下院議員、婚約

パトリック・ケネディ前下院議員(43歳)が、3月に婚約しました。

お相手は、ニュージャージーの学校の先生(公立学校の6学年担当) 
Amy Petitgout さんです。Amy Petitgout さんは再婚で、3歳の娘さんがいます。

すでにニュージャージーで Amy Petitgout さんと同居していますが、ロードアイランド州ポーツマスの自宅もそのままで、結婚式の日取りは未定だそうです。

ようやく生涯の伴侶を見つけたパトリックに心からのお祝いを~と思います。

おめでとう、パトリック、幸せに~

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# by kennedy-society | 2011-04-21 20:08 | パトリック・ケネディ

『CNN ENGLISH EXPRESS 2011年5月号』

『CNN ENGLISH EXPRESS 2011年5月号 通巻309号』

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平成23年5月1日発行(毎月1回1日発行)
発行人…原雅久
編集人・編集長…柏木政隆
副編集長…安斎みさと
発行所…株式会社朝日出版社
印刷所…凸版印刷株式会社
定価…1400円
本体価格…1333円

【CONTENTS】

Step2実践編
C
NN NEWS SELECTION 2

61…ケネディ図書館が歴史的資料20万件超をオンライン公開
公文書・スピーチ・資料映像...
History Goes Online
62…ケネディのあの有名な演説の草稿も
63…クリック1つで歴史の中にタイムトラベル
64…歴史はこうやってつくられた
65…若者にこそ活用してほしい
※61~65ページ

(注1)CNN English Express 2011年5月号は、4月6日から発売中です。こちらのサイトから購入できます。

朝日出版社CNN English Express

(注2)
ケネディ図書館
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# by kennedy-society | 2011-04-20 21:48 | ケネディ文献・資料

The Kennedys 放映開始(米国ケーブルチャンネル)

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米国のケーブルのチャンネルで日曜日から始まった「The Kennedys」(ミニシリーズ。8回)のトレーラーです。いろいろ批判も多かった作品ですが、マイナーな局の放送にしては、視聴率がかなり良いそうです。


The Kennedys - New Trailer (8-Part Movie Event) (CM入)



"The Kennedys" Television Reference Trailer (CM無)



The Kennedys: The Story Behind the Story (番組の裏話や役者のインタビュー等ですが、いろいろな場面も見れます。CM入)



ジョン・F・ケネディ=Greg Kinnear

ジャクリーン・ケネディ=Katie Holmes

ロバート・F・ケネディ= Barry Pepper
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# by kennedy-society | 2011-04-10 20:39 | テレビ・映画・舞台

ジョセフ・ケネディ元下院議員

3月8日、ジョセフ・ケネディ元下院議員(president and chairman of Citizens
Energy)は、東ボストンで、マサチューセッツ州の下院議員、低所得者向け住宅の住民たちと記者会見して、低所得者向けの燃料費援助の減額計画に抗議しました。

なお、後ろの2名のマサチューセッツ州下院議員は、共和党のスコット・ブラウン上院議員の対抗馬として、ジョセフ・ケネディ元下院議員に上院選挙への出馬を促しているが、これに対してジョセフ・ケネディ元下院議員は「ワシントンでの12年間は貴重な経験であり、素晴らしいことであったが、今の市民エネルギーの仕事を私は十二分に楽しんでおり、それはこれからも同じである」と、上院選への出馬を否定したそうです。

ジョセフ・ケネディ元下院議員が代表をつとめる Citizens Energy のサイト

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# by kennedy-society | 2011-03-23 21:26 | ジョセフ・ケネディⅡ

3・11東北関東大地震(東日本大震災)

我が家は東京の西部:多摩地区で、震度5弱。

地震発生とともにすぐに前の公園に避難しましたが、地面と家がぐらぐら揺れるのを初めて見てびっくり。

しかし、揺れから直下型ではないと思いましたが、まさかこのような大地震と津波になるとは思ってもいませんでした。

さらに福島原発の危険な状態。まだまだ現在進行形ですが・・・・・

写真(1)は、本の雪崩が起きて階段下が足の踏み場もない。

写真(2)は、2階の部屋の倒れた本棚。この倒れた本棚の下敷きになっていたら危なかった~苦労して集めた60年代ロックのLPが~

余震はずいぶん少なくなりました。

なお、ケネディ関連の人形やLP、PTボートの模型などのケネディグッズやケネディ本、ケネディ関連雑誌はいずれも無事でほっとしました。

唯一、ジョン・F・ケネディ・ジュニア夫妻の結婚式のパネルが壁から落ちたくらいでした。

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# by kennedy-society | 2011-03-20 20:08 | その他

「猿谷さんとケネディ、アメリカ」(杉田弘毅)

 
 ケネディの会のメンバーで、共同通信編集委員兼論説委員の杉田弘毅さんから、上記タイトルの原稿を拝受いたしました。亡くなった猿谷要先生には会報「KENNEDY」の創刊以来、会報を発行の都度お送りし、お手紙でアドバイスや励ましをいただいておりました。そのお世話になった猿谷先生を追悼する杉田さんの原稿です。

 本来ならば会報「KENNEDY」に掲載すべきものですが、会報「KENNEDY」第26号の発行が遅れていますので、すみやかに発表できるこちらのブログに先に掲載することにいたしました。

 杉田弘毅共同通信編集委員兼論説委員

 1957年生まれ。一橋大学法学部卒業。1980年共同通信社入社。大阪社会部、テヘラン支局長、ニューヨーク支局員、ワシントン支局長などを務め、現在編集委員兼論説委員。アメリカ政治・外交、日米関係、中東、核兵器問題などを専門とする。著書に
『検証 非核の選択』(岩波書店 2005年)
『さまよえる日本―未来へのシナリオ』生産性出版 2008年)
『アメリカはなぜ変われるのか』 (ちくま新書 2009年)
などがある。
E-mail: メールアドレス


********************************


 猿谷さんとケネディ、アメリカ


 東京女子大学名誉教授の猿谷要さんが1月3日、87歳で亡くなった。猿谷さんと言えば、日本が太平洋戦争で米国と戦争を始めた10代後半の時に「敵国」に興味をもってから、70年近くにわたり米国とかかわってきた米国研究の泰斗だ。白人でなく黒人や日系人、先住民に光をあてた平易な表現でアメリカを綴ったことで知られる。最晩年まで米国の動向を追いかけた大先輩の猿谷さんの追悼文を書いた。ケネディの会の皆様に読んでいただくために、猿谷さんのケネディ兄弟への思いを中心とした文章にしてみた。

 猿谷さんのすごいところは、戦後間もなく東大の卒論のテーマとして「アメリカ奴隷解放史」を取り上げたことに現れている。日本で黒人問題への関心が高まったのは、公民権運動が盛り上がった1950年代後半からだ。マルコムXやキング牧師という英雄の動向伝えられ、自由の戦士として称賛を浴びてからだ。しかし、猿谷さんはそのはるか前から黒人問題に関心を持ってその歴史を追っていたのだ。
 その猿谷さんのジョン・F・ケネディ、ロバート・ケネディ兄弟についての記述も黒人解放に関係している。猿谷さんの60年代の本である「アメリカ黒人解放史」はケネディ大統領の公民権運動についての業績をふんだんに載せている。いくつか紹介してみよう。
 まず、1960年の大統領選で当初劣勢だったケネディがニクソンに逆転勝利した原動力として、黒人との関係を挙げている。
 ケネディはマサチューセッツ州出身で黒人問題が弱点であると認識していた。それにケネディの所属する民主党は人種差別の南部を基盤とし、対抗馬のニクソンの共和党はリンカーンの党だ。
 しかし、キング牧師が座り込みで逮捕され有罪判決を受けると即座に、遊説をキャンセルしてキング夫人に激励の電話をかけ、弟のロバート・ケネディは判決を下した判事に圧力をかけて、翌日釈放を実現させた。一方で対抗馬のニクソンは、キング牧師逮捕を知りながら何の手立てもうたず、黒人のケネディ贔屓が決定的となる。
 黒人票の行方は、接戦だったこの選挙の結果を左右した。猿谷さんの「アメリカ黒人解放史」によると、イリノイ州ではわずか9000票の差でケネディが勝ち、ケネディに当選をもたらしたが、イリノイでは25万の黒人票がケネディに投じられたという。他の接戦州であるミシガン州やサウス・カロライナ州でも黒人票が勝敗の帰趨を決めた。
 こうして黒人の期待を一身に集めてホワイトハウス入りしたケネディは、弟のロバートを司法長官(黒人問題の担当でもある)に任命し、黒人投票権や雇用・住宅での差別撤廃などの措置を次々と打ち出した。1963年の2月にはケネディは議会に公民権に関する特別教書を送り、「アメリカは黒人問題を抱える限り、『自由の国』とは言えない」と警告している。
 ケネディの肝いりでこの年6月には有名な公民権法が議会に提出され、さらに8月キング牧師の「私には夢がある」の演説で知られるワシントン行進のリーダーたちとケネディはホワイトハウスで会談し、差別撤廃を約束している。ケネディは白人と黒人の共学を拒否するミシシッピ州、アラバマ州に連邦軍を派遣するなど、黒人側に立った政策を鮮明に打ち出した。
 南部の黒人のケネディに対する期待は圧倒的だった。猿谷さんが前掲書で挙げた表によると、南部では黒人層の87%がケネディ再選で黒人の権利は好転するだろうと答えたという。また、直近4人の大統領のうち、誰がもっとも黒人のために尽くしたかと問うた世論調査ではケネディ73%、ルーズベルト20%、アイゼンハワー4%、トルーマン3%で大差をつけた。
 しかし、こうしたケネディの公民権政策を南部の白人が喜ぶわけがなかった。1963年には翌年に迫った大統領選を前に、「ケネディが再選されれば、アメリカはおしまい」といった声が南部で渦巻き始めた。
 1963年11月22日、運命の日。テキサス州ダラスを遊説で訪れたケネディは凶弾に倒れた。ダラスは右翼団体であるジョン・バーチ協会などが活発で、反ケネディのメッカだった。それでも「大統領は闘争の真っただ中に飛び込む」を信条に、ケネディはダラス入りしたのだった。
 猿谷さんはケネディの暗殺についてこう書いている。
 「テキサスは人種差別の点ではミシシッピやアラバマほどではないにしても、ダラスが極右団体の中心地であることは周知の事実だったので、この理想主義的な大統領の暗殺は、誰の目にも黒人差別を固守しようとする右翼団体か、暴力的な秘密結社のような組織の仕業かと、本能的に、そう感じさせたほどだった。
 FBIの調査や『ウォーレン報告書』など、いずれも詳細を極めたものであるが、それにも関らずこの暗殺事件の真相については、なお疑問を抱かせる余地が多いように思われる。犯人が誰であろうと、またはどういう団体であろうと、最近の黒人運動のはげしさに手を焼いていたい相当数の南部白人が、これによってひそかに安堵の念を感じたことは確かであろう。」
 猿谷さんも、ケネディ暗殺の裏に何かがあるという疑問を抱いたのだ。

 さて、米政治についての話題書はあますところなく読んだと思われる猿谷さんが、ケネディ大統領を描いた本として最良と挙げるのが、ケネディの補佐官だったアーサー・シュレジンジャーの著「ケネディ 栄光と苦悩の一千日」だ。当時小学生だった私も赤い表紙のこの本は覚えている。日本でもベストセラーとなった。猿谷さん自身が一部を翻訳しているから愛着も深いのだろう。
 岩波新書「アメリカよ、美しく年をとれ」の中で猿谷さんは「一千日」の翻訳の様子を書いている。
 「一千日」の訳を進めていくうちに、猿谷さんは慄然とする場面に出会った。それはキューバ危機(1962年)のところだ。
 キューバにソ連のミサイル基地が作られ始めていて、それがもし完成すれば、米国は核攻撃の射程内に入ってしまう。危機的状況に直面してホワイトハウスでは極秘裏にその対策を協議した。ペンタゴンをはじめ軍部関係者はキューバ空爆を主張したが、大統領との弟のロバート・ケネディ司法長官が決然として語り始めた。
 以下、猿谷さんの著書「アメリカよ、美しく年をとれ」からの引用だ。
 「私は訳していて、肌に粟が生じるというのはこういうことをいうのかと思った。その部分だけを再録させていただきたいと思う。
 『真珠湾の記憶があるというのに、そしてまた今後の世界でわれわれが背負っていかなければならない責任があるというのに、合衆国の大統領たる者が、こんな作戦に命令を下せるはずがない。175年もの間、アメリカはそんな国ではなかったはずだ。小さな国に日曜日の朝、奇襲攻撃を加えるというようなことは、われわれの伝統のなかにはなかったのである』
 このスピーチが重大な境目になって、米ソの核戦争になったかもしれない空爆から、一転して海上封鎖になったのだとシュレジンジャーは書いている。日本人としては、なんとも胸にこたえるスピーチではないか。」

 ここで猿谷さんの経歴を簡単に紹介したい。
 陸軍パイロットとして太平洋戦争の末期に北海道にいた時、米グラマン機の空襲を受けたが、その時、操縦席に座った米人パイロットの幼さを残す顔が記憶に焼きつき、敵国である米国にひきつけられた。戦後、旧敵をもっとよく知ろうと東大で米国史の研究に進んだが、何と専門の教授がいなかったという。アメリカからやってきたペリーの黒船に開国を迫られながら、明治から大正、昭和にかけて日本の外国研究は、隆盛しつつあった米国はなぜか無視され、欧州一辺倒になっていた様子がよく分かる。
 さて、東大で米国史を始めた猿谷さんは、米国の白人支配層の研究に背を向け黒人、日系人、先住民など忘れられた少数派に光をあて、「もう一つの米国」を紹介した。東大の卒論が斬新な奴隷解放史であったことは先に紹介した通りだ。
 公民権運動が盛んだった頃、猿谷さんは黒人解放史についての別の著書で「黒人大統領は生まれるか」とサブタイトルで問うた。私は、公民権運動に身を捧げてきたジョン・ルイス下院議員をインタビューしたことがあるが、ルイスは「白人たちにこん棒で殴られ続けたあの頃、いつか黒人大統領がこの国に生まれるなんて言えば、お前は狂ったか、と仲間に言われた」と言っていた。猿谷さんのサブタイトルでの問い掛けは、本当に奇想天外だったのだ。
 40年後の2009年にバラク・オバマが初の黒人大統領になった。猿谷さんはその時、「言い知れない感慨」と喜び、「アメリカ社会の底流の変容、変化を見ないわけにいかない」と論じた。猿谷さんが生涯をかけて追った「アメリカの少数派が少数派でなくなる日」、つまり、「多元化社会アメリカ」の理想実現を見たに違いない。そして猿谷さんは「オバマは世界の少数派に希望を与えた。多元化社会は世界潮流」との見通しを語っている。
 猿谷さんは日本であまり知られていなかった米南部にもひかれた。南部といえば、日本では人種差別と貧困で遅れた地域としか知られていなかった。だが、ジャズや文学が花開き、宗教が生活を支え、政治で言えば米国保守の力の源流でもある。実際、ハリウッド映画の代表作として日本人が見たのは、南部を舞台にした「風と共に去りぬ」。南部を知らずして米国は語れないとの猿谷さんの思いは当然だろう。
 威張らない、軽妙な人だった。教授というより、その筆致は文学者のものだ。「点と点を結ぶ飛行機の旅行ではその地を理解できない。地を這わなければ」と言い聞かせ、ハンドルを握って妻と全米を回った多くの紀行文はその真骨頂だ。
 東京・荒川近くで育った。ミシシッピ川を舞台に描いたトム・ソーヤーの冒険、ハックルベリー・フィンの冒険など、作家マーク・トゥエーンの小説が好きだという。ミシシッピ川に妙にひかれたのは、荒川を見て育ったためかもしれない、と振り返っている。

 猿谷さんの訃報を知り、猿谷さんを良く知る米国研究家の何人かに思い出話を聞いてみた。
 少し遅れて米国研究に入った本間長世(ほんま・ながよ )東大名誉教授(81)は「学会で発表するより現場へ行こう、米国の良い面も悪い面も公平に見よう、というスタイルは斬新だった。ジャーナリストでもあった」と言う。
 越智道雄(おち・みちお)明大名誉教授(74)は「自分を押し付けない人だった。家父長的でない、虚の人と言うべきだろうか。黒人を応援しながら支配層の白人をも優しく見つめた。白人を味方にして大統領になったオバマ氏の特性は、猿谷さんのおおらかな視点で見てこそ理解できる」と語っている。

 私は猿谷さんのたくさんの本の中でも、猿谷さんが奥さんの志摩さんと車で回った紀行文「アメリカ大西部」(新潮選書)が好きだ。特に「旅の終わりに」と題したその結びの次の文が、猿谷さんの人柄が良くでていると思う。
 「未知のものに惹きつけられるとき、私は他のことをすべて忘れる。まず夢をみ、それを実現させるような計画を立て、あとは一瀉千里に実行してしまうだの。一度夢を実現させてしまうと、そのあとでまた書斎の生活に戻っても、私の心のなかのどこかに、その夢は生き続ける。そして、遠い南の空に白い雲が湧く頃になると、夢はまた私の心いっぱいに拡がってしまうのである。」
 南の空に白い雲が湧くにはまだ早い。だが、猿谷さんは待ち切れなかったのか、少し早く旅立ってしまった。

 杉田弘毅(すぎた・ひろき)

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# by kennedy-society | 2011-02-27 14:23 | 杉田弘毅

ケネディ夫妻の未公開ビデオ




またまた未公開のビデオが公開になりました。これは個人のビデオで、数週間前にテキサス州ダラスにある6階博物館に寄付されたものですが、ビデオはリストアされていて、きれいなカラー映像となっています。

1963年11月21日、暗殺の前日、ライスホテル(Rice Hotel)でのテン系の人達の集まりで撮影されたものですが(ビデオは音声無しです)、ジャクリーン・ケネディも登場してスペイン語で話したそうで、ラテン系の人達が驚いたということです。
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# by kennedy-society | 2011-02-26 13:35 | ジョン・F・ケネディ

NHKBS1「発掘テープが語る ケネディ暗殺ケネディ暗殺」

BS世界のドキュメンタリー
「発掘テープが語る ケネディ暗殺」


NHKBS1 2月28日(月) 午後11時~11時50分


1963年のケネディ米大統領暗殺事件。

40数年ぶりに発掘された地元メディアの映像や音声などをもとに、事件当日の朝から容疑者オズワルドの殺害まで、ダラスで起きた悲劇の一部始終をたどる。改めて歴史に残る一日を再構成したドキュメンタリー。

1963年11月22日、ダラス空港に着いたエアフォースワンのドアが開くと、大統領より先にピンクのスーツに身を包んだジャッキー夫人が笑顔で登場する。ケネディ大統領自身も警備の禁則を破り、詰めかけた人びとに歩み寄って直接握手するなど上機嫌だ。雨模様だったダラスもふたりの到着に合わせたかのように空が晴れ渡り、オープンカーでのパレードも予定通り行われることとなった。

ダラスのダウンタウンでは、沿道に配置された中継カメラが車内で仲睦まじく会話を交わす夫妻の姿を映し出す。間もなくスピーチの会場に着くという矢先、事件は起きた。銃声とともに飛び上がり、夫人にもたれかかるように崩れ落ちる大統領。残されたテープにはスピードを上げ病院に向かうリムジン、パニックで逃げまどう人、その場に伏せる人、あわてて警備につく警官など、事件直後の現場がつぶさに記録されている。

およそ15分後、地元テレビは放送中の番組を中断し、ディレクターが息を切らしていることを詫びながら、第一報を伝える。その後も、大統領が収容された病院周辺で聞き込みをするスタッフや、大統領が被弾する瞬間を間近で目撃した一家などが出演し、証言が続けられる。そのほかにも、犯行に使われたライフル銃が発見される様子や、大統領の最期に立ち会った神父のインタビュー、容疑者オズワルドが連行されながら「自分はやっていない」と記者に答える姿など貴重な映像を改めて見ることができる。

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# by kennedy-society | 2011-02-23 18:12 | ケネディ暗殺

「フォッグ・オブ・ウォー」マクナマラ元米国防長官の告白

NHKBS2で「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白 」( 2003年・アメリカ )が放映されます。

THE FOG OF WAR:
ELEVEN LESSONS FROM THE LIFE OF ROBERT S.McNAMARA

NHKBS 2月24日(木) 午前0:45~2:33(23日深夜)


アメリカを代表する自動車会社社長、世界銀行総裁などを歴任し、ジョン・F・ケネディ大統領政権下では国防長官を務めたロバート・マクナマラが、自らの人生を赤裸々に語ったドキュメンタリー。

「私は生涯を通じ、戦争の一部だった」と語り、ベトナム戦争やキューバ危機など世界を揺るがした国際紛争の最前線にいた彼が、実体験から学んだ11の教訓を伝えようとする姿を映し出す。アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞受賞。


<作品情報>
(原題:THE FOG OF WAR:ELEVEN LESSONS FROM THE LIFE OF ROBERT S.McNAMARA)
〔製作〕マイケル・ウィリアムズ、ジュリー・アールバーグ
〔製作・監督〕エロール・モリス
〔撮影〕ピーター・ドナヒュー、ロバート・チャペル
〔編集〕カレン・シュミーア、ダグ・エイブル、カイルド・キング
〔音楽〕フィリップ・グラス
〔出演〕ロバート・S・マクナマラ
(2003年・アメリカ)〔英語/字幕スーパー/カラー/レターボックス・サイズ〕

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# by kennedy-society | 2011-02-22 20:58 | ロバート・マクナマラ

堀切友孝「ケネディ関連収集 雑感」


堀切 友孝

「ケネディ関連収集 雑感」

☆LPレコード「SING  ALONG WITH JFK」について

当レコードは昭和38年すでに発売されていたが、暗殺事件がおきたので、追悼版と銘打って再発売となる、と新聞記事があった。その発売日学校が終わって、デパートのレコード売り場へ直行したが、LPステレオ版は売り切れ、1500円のLPモノラル版を購入することができました。レコードは当時TVで人気があった「ミッチ・ミラー合唱団のみんなと歌おう」の模倣と思われますが。追悼版はLPサイズのケネディ大統領のポートレートが別に付されていました。 いつでしたか、FM東京のダラス・テキサスの特番でレコードのうち「自由の賛歌」等の数曲紹介がされていました。

☆ケネディの会のブログで紹介のある『ケネディ夫人の礼状』」(我孫子清水著)の書籍―推察

表紙にある「ケネディ夫人のサイン記載の封筒」より本の内容を推察する。

ケネディ大統領暗殺事件の後、新聞にケネディ夫人にお悔やみを表すためのワシントンDCの住所が報道され、私は封書を郵送いたしました。時の経過は覚えておりませんが、21×29センチサイズの黄色封書が私の元に届きました。今、私の手元にある封筒が『ケネディ夫人の礼状』(我孫子清水著)の表紙にある封筒とほぼ似かよっているです。
  封筒の切手代わりの欄にケネディ夫人の(おそらく)プリントサインがあり、大統領一家の教会の前での写真が同封されていました。
 数年前、東京12チャンネルの「何でも鑑定団」に同様の写真が鑑定に出典されたことがありました。放送では封筒や切手代わりの夫人のサイン(プリント)にまでは話が及ばなかったよう記憶しております。
 お悔やみ先の住所が公表されましたので、当時ワシントンにお悔やみを郵送した方は多かったのではないでしょうか。おそらく、そのすべての人々に返事が届けられたと思われます。
 その顛末を本にされたのではないでしょうか?そう推察いたします。

  公用郵便として、送り人のサインが切手の代用使用されていることはユニークで素晴らしいアイデアと感じました。公用郵便のサインについては書籍『大統領への道』の中でも触れていますが。

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# by kennedy-society | 2011-02-19 00:06 | 堀切友孝

The Kennedys - Trailer



4月に米国のケーブルのチャンネルで放送される事になった「The Kennedys」(ミニシリーズ。8回)のトレーラーです(最初にCMが入ります)。

ジョン・F・ケネディ=Greg Kinnear

ジャクリーン・ケネディ=Katie Holmes

ロバート・F・ケネディ= Barry Pepper

詳しいことはこちらのサイトで~
The Kennedys 8-part movie event only on ReelzChannel, April 3, 2011
For more news, interviews, showtimes, clips, and trailers go to

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# by kennedy-society | 2011-02-13 21:00 | テレビ・映画・舞台

ケネディ大統領就任50年の記念のサイト「JFK50」

これはジョン・F・ケネディライブラリーがアップしたJFK50周年の記念サイトです。

JFK 50 years Celebrate the past to awaken the future
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# by kennedy-society | 2011-01-26 14:02 | ジョン・F・ケネディ

ケネディ大統領就任50周年記念のユーチューブ


こちらはハーバードのケネディ・スクールが、ユーチューブにアップした宣誓式でのケネディ大統領のスピーチで、画質がとてもきれいです。



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# by kennedy-society | 2011-01-26 13:28 | ジョン・F・ケネディ

ケネディ大統領就任50年記念式典


ケネディ大統領の就任から50年、1月20日、ワシントンでその記念式典が行われました。

その記念式典が開かれたキャピトルで、スピーチするケリー上院議員。

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スピーチするオバマ大統領。オバマ大統領は「ケネディ大統領は力強い指導力で冷戦の最大の危機を乗り越え、黒人の人権向上に務めた」として、米国史上国民に最も愛された大統領の一人であるケネディ大統領の後継者として今後の政権運営に取り組む姿勢を強調した。

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式典にはケネディファミリーも多数出席した。

キャロライン・ケネディ、左へリード民主党院内総務、バイデン副大統領

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キャロライン・ケネディとジョンソン大統領の娘ルーシー・ベインズ・ジョンソン

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左からキャロラインの夫のシュロスバーグと3人の子どもローズ、ジョン、タチアナ(3人とも大きくなりました!)その後ろの席に、エセル夫人。

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ジーン・ケネディ・スミス元駐アイルランド米大使とその右ウィリアム・ケネディ・スミス

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パトリック・ケネディ前下院議員

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ヴィッキー・ケネディ

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# by kennedy-society | 2011-01-22 21:46 | ジョン・F・ケネディ

ケネディ上院議員、キングセンターから賞を授与される


1月15日、キング牧師の日、アトランタのキングセンターより、ケネディ上院議員の公民権運動への功績を称えて賞が贈られました。

画像は、その記念ディナーでスピーチをするヴィッキー・ケネディ。

堂々としたスピーチぶりですが、なるべく早い機会に、上院議員などの公職に就いて欲しいとひそかに願っています。


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# by kennedy-society | 2011-01-19 22:34 | エドワード・ケネディ

奥菜秀次他著『検証 陰謀論はどこまで真実か』

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『ケネディ暗殺・隠蔽と陰謀』(2000年、鹿砦社刊)などの著作で知られる米国現代史研究家奥菜秀次氏が、新著『検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定』(ASIOS=超常現象の懐疑的調査のための会、水野俊平と共著、文芸社、2011年1月)を刊行した。

『検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定』(文芸社)

ケネディ関連では、第3章「世界史も陰謀だらけ?-欧米の陰謀論」に収載されている「CIAはマインドコントロール実験(MKウルトラ)により暗殺者を作り上げた」(奥菜秀次)が、ロバート・ケネディ暗殺や、オズワルドについて言及しており、興味深い。

なお、巻末に掲載されている「陰謀論の構図(奥菜秀次作)」は、陰謀論の特質を見事にとらえていて、陰謀論支持者であろうが、なかろうが、一見の価値ある構図であると思う。
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# by kennedy-society | 2011-01-16 14:14 | 奥菜秀次

50周年、大統領就任の宣誓式をしてから~


ジョン・F・ケネディが、1961年に大統領に就任する宣誓式をしてから、今年で50周年となります。

これは、1月3日(月)、ボストンのジョン・F・ケネディライブラリーに展示されている宣誓式の時に被っていた山高帽と手袋を見る人です。


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# by kennedy-society | 2011-01-13 20:46 | ジョン・F・ケネディ

堀切 友孝「わが収集顚末記」


堀切 友孝

「わが収集顚末記」


ケネディ大統領関係物の収集は暗殺事件発生時からはじまった。

昭和38年11月23日は勤労感謝日で休日。午後、親父の手伝いで「葛飾区立石」に行った時「米大統領暗殺さる!」の号外が街中の家の庭先の植木に数枚落ちていた記憶がある。拾い貰っておけばよかったが、当時そこまで考え及ばなかった。

当時、学校のクラスの中に、「ケネディ大統領」(米国大使館文化交換局版)の就任演説の小冊子を持ってきた友がいた。見せて貰い奥書の住所をメモし、文化交換局に問い合わせをし、同じ冊子を入手することができました。非常に幸運でした。

高校1年生で池袋に通学していた関係で、土曜日の午後や日曜日に神田の三省堂、東京堂の新刊売場と洋書コーナーを見て回った。時々は日本橋の丸善と向かいにある高島屋の洋書コナーも出向いていました。丸善の2階の洋書売り場には、丸善作成・新着案内のタイプ打ちパンフレットや米国大使館文化交換局発行の「米書だより」(月刊)―ノンフィクションベスト10のランキングと米国で発刊予定の書籍の情報と米書の翻訳本の解説―の小冊子が置いてあり、洋書新刊の情報を得ました。

大学の文化祭にも、足を運びました。慶大の日吉校舎の文化祭では、文化サークルで「ケネディ大統領」コーナーがあり、USIA発行大判のケネディ及びジョンソン大統領の特集冊子がありました。

芝公園内にあった文化交換局の図書館にも数回足を運びましたが、高校生には敷居が高すぎました。その図書館で1960年大統領選挙のケネディ議員の演説集(議会印刷局発行)を目にしたので、思い切って丸善で注文依頼をいたしましたが、数週間後すでに絶版との回答。大統領選挙戦の演説記録までが、公に本として発行されていることに、驚きでした。

当時米国雑誌はLOOK・LIFE・ POST等があり、ソレンセン・シュレジンジャー・個人秘書リンカーン夫人執筆本のダイジェストを掲載特集していた。 

ソレンセン著の「KENNEDY」抄訳が読売新聞朝刊に昭和40年10月頃掲載され、駅の売店で朝刊を購入しスクラップしたが、一部しか残っていません。

ケネディ大統領の写真集では、他にあるのかも、知りませんがジャッキー・ロウーの写真集が抜きん出ていると思う。

神田東京堂の2階に洋書売り場があり、木造の階段を昇って行くのだが、踊場ショウウインドウー真ん中に、「背景がブルーの大統領の横顔」表紙のJACQUES LOWE「THE KENNEDY YEARS」(別冊に暗殺事件を収録した新聞が付いておりました)が鎮座してあった。分厚い写真集で高価、手の届く金額ではない。父親の手伝いをしてと、母親に協力?、せがんでやっと入手できた。ジャッキー・ロウーの写真集は書籍売り場でなく、絵画コーナーにあることが多い。後年は、銀座イエナ2階美術コーナーにも出向いた。洋書売り場に向かう際の、「わくわく・どきどき」感は心地よいものです。

写真集は高価で、目にしたから「ハイ!購入」とはいかない。財布との相談となる。

金額が貯まるまで、他人に購入されない事を念じつつ、購入資金を集める。書店に出向く時の気持ちは「ハラ、ハラ」ものです。

文化交換局の図書館に「文化センターだより」のパンフレットがあり、VOAの日本語放送の案内が記載されていた。短波放送で1日1回の放送だったと記憶。テーマ曲がモーッアルト・ホルン協奏曲1番(その当時は曲名は分からず、ずーと後に判明した)で、短波放送独特の音質で苦労して傍受しました。

64年の民主党全国大会選挙綱領や共和党ゴールドウオター議員の発言「正義のための過激は悪徳ではない」が記憶に残る。 収集熱は、68年を境にして沈静した。

Jacqes Loweの写真集

1)The Kennedy Years
2)Kennedy A Time remembered (83) Visual Arts
3)JFK Remembered(93)
4)The kennedy legacy (98)
5)JACK (03)
 
写真集としては、「Kennedy A Time remembered (83)」が圧巻と思う。

演説レコードは、三省堂で学研社のシングル2枚組、新宿紀伊国屋の2階レコード売り場でBOX・LP2枚組を購入した。米国版カセットBOXは日本橋丸善で購入した。他に近所のレコード店に予約注文で米・暗殺状況物を入手した。

収集漏れは、

1)LPレコード「SING  ALONG WITH JFK」ステレオ版
2)1960大統領選挙のケネディ議員の演説集(米議会印刷局発行)
3)映画劇場のロービーで「kennedy胸像レプリカ」の販売

上記3点で、買い求めることが出来なかったことが残念でした。

 ケネディ大統領の死去まもなくから、ケネディグッズ・コレクションの真似事を始めることとなり、ロバート・ケネディ上院議員の逝去で一段階を締めくくった結果ですが、リアルタイムでの収集で、あったと思います。
                                                   (平成22年12月24日)


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# by kennedy-society | 2011-01-11 22:07 | 堀切友孝

堀切友孝「会報 KENNEDY (20、24号)を読んで」

*堀切友孝氏が書かれたケネディ関連の文章を、当ブログに数回にわたって掲載します。 本来ならば、活字版の会報「KENNEDY」に掲載すべきところですが、 現時点で次号の発行の予定がまだはっきりしていませんので、堀切氏の承諾を得て、こちらに掲載するものです(ケネディの会代表 松村 要) 。    


堀切友孝

「会報 KENNEDY (20、24号)を読んで」


巻頭の筆者が「マクナマラ回顧録」の訳者の仲 晃氏、クラーク著「Kennedy」の訳者の土田 宏氏と豪華なメンバーを配していることに素晴らしさを覚えます。マクナマラ元国防長官が平成21年7月死去され、ケネデイ関係者が少なくなり、惜しまれます。

土田氏は、クラーク著の訳書で就任演説の一節を、
Sincerity is always subject to proof. 
「誠実でありさえすれば、それは常に必ず相手に通じるものであるということを心に留めようではありません。」
と名訳しています。従来は
「誠実さは常に証明されなければならないということをおもいつつ」
との文言で「しっくり」するものでなかった。この一文は、64年の50セント・ケネデイコイン発行直後のコインを模した不二家(チョコレート)のコインプレゼントの景品の裏面に記してあったので、印象に残っています。

クラーク著は大統領とソレンセンの関係について、誰が演説文の作者であるかをとりあげていますが、ソレンセン氏の絶大な協力があったにしても、大統領自身が推敲したものであると考えることがケ大統領記者会見の「絶妙な受け答え」の点からも推測出来よう。

その例は、
「諺に、勝利は百人の生みの親を持つが、敗北は1人の孤児しかもたないという。私は政府の責任者であり、それで万事明白である。」(ピッグス湾事件について)

 「人生はいつも不平等なものである。戦死する人もいれば、負傷する人もおり、国外に出なくすむ人もいる。(略)人生は不公平なものである。病む人もいれば、健康な人もいる。」

記者会見の一問一答は政治家の適応能力を推し量る上での重要な要素である。日本の政治では、国会の予算委員会総括質問がそれにあたり、田中角栄首相が際立っている。 ケ大統領の記者会見の一問一答を全文翻訳していただける事を期待いたしております。

土田氏は昨年のNHK-TV番組の「ケネデイ暗殺事件」を採り上げた特集に出演し、事件につき様々な疑問を論じておりましたが、私が暗殺事件について常々疑問に思っている点は、

1)事件発生から、オズワルドが逮捕され、大統領暗殺の容疑者となる過程があまりにも早過ぎる事。
2)暗殺事件の真相について、ロバート・ケネデイ氏やケネデイ一族がどの様に思っているか。
3)W・マンチェスタ-著の「大統領の死」の際にケネデイ一族とひと悶着がありましたが、その真相は何であったか。

上記3点につき、答えをお持ちの方の回答を待ちたいと思います。                                  
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# by kennedy-society | 2011-01-09 17:42 | 堀切友孝

レオナルド・ディカプリオ製作・主演のJFK暗殺映画

オリバー・ストーン監督作の映画『JFK』から19年、レオナルド・ディカプリオが、JFK暗殺の裏側を描くルポルタージュ
「Legacy of Secrecy  The Long Shadow of the JFK Assassination」
(原題:秘密の遺産 JFK暗殺の長い影)
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の映画化権を取得し、、ワーナーと組んでJFK暗殺の真相に迫る新作映画に製作・主演することになりそうです。

原作は、機密処理の解かれたばかりの資料をもとに、レマー・ウォルドロンとトム・ハートマンによって書かれたルポで、当時のFBIへの情報提供者ジャック・ヴァン・レニンガムと、ルイジアナとテキサスを支配していたマフィアのゴッドファーザー、カルロス・マルセロには関係があり「ルイジアナ・マフィアのボス、“カルロス・マルセロ”による暗殺指令説」というこれまで全く知られていなかった可能性に焦点を当てる、マフィア陰謀説を描くもの。

ディカプリオはこの情報提供者ジャック・ヴァン・レニンガムを演じるそうです。

ディカプリオの製作プロダクション、アピアン・ウェイの製作で、スタジオはワーナー・ブラザース。

2013年のJFK暗殺50周年の全米公開を目指すとのことですが、さて、どういう映画になるんでしょうか。

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# by kennedy-society | 2011-01-03 19:59 | テレビ・映画・舞台

ボストン~JFKが愛した古都(再放送)

「ボストン~JFKが愛した古都」
BSーTBS  1月2日(日曜日) 10時~10時54分
ナレーター:田中美里 、橋爪淳


ゆらり散歩世界の街角

世界各地のさまざまな「街」をゆったりと巡りながら、街並みや観光名所、グルメなどを紹介する番組「ゆらり散歩世界の街角」で「ボストン~JFKが愛した古都」 が放映されます。

アメリカ北東部・マサチューセッツ州の中心都市ボストン。15世紀初頭に、イギリスから入植したピューリタン(清教徒)たちが建設したこの街は、後のボストン茶会事件など、アメリカ独立戦争でも重要な事件の舞台となった。

当時の面影を今に残す美しい町並み、そして芸術・文化・教育面でも高い水準を誇る、全米有数の人気観光地でもある。

そしてこの街で幼少期を過ごしたのが第35代大統領・JFK=ジョン・F・ケネディ。彼がこの街に遺した足跡を巡りながら、アメリカという大国が辿ってきた歴史に思いを馳せる。

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# by kennedy-society | 2011-01-01 23:32 | ジョン・F・ケネディ

謹賀新年 

新年あけまして おめでとうございます。


旧年中は当ブログをご訪問いただき、ありがとうございました。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

2011年1月1日

ケネディの会代表
松村 要

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# by kennedy-society | 2011-01-01 19:24 | その他

特集: ケネディ暗殺~悲劇か陰謀か~ (再放送)

ヒストリーチャンネル(世界最大の歴史エンタテインメント専門チャンネル)で、明日(木曜日)、午後11時からケネディ暗殺特集を再放送します。

放送予定は、こちらのHPをご覧ください。

ヒストリーチャンネル

放送内容については、当ブログの下記の頁をご参照ください。

特集: ケネディ暗殺~悲劇か陰謀か~
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# by kennedy-society | 2010-12-29 22:59 | ケネディ暗殺

メリー・クリスマス!

今年もボストンのJFKライブラリーから、クリスマスカードが届きました。

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# by kennedy-society | 2010-12-24 16:12 | JFKライブラリー

セオドア・ソレンセン(朝日新聞)

朝日新聞2010年12月18日(土)の夕刊に、セオドア・ソレンセンの追悼記事が掲載されました。

ケネディ大統領の側近 セオドア・ソレンセンさん  (三浦俊章)
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# by kennedy-society | 2010-12-19 20:16 | ソレンセン

ケネディ大統領、47回目の命日

2010年11月22日(日本時間23日)は、ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されてから、47回目の命日であった。

日本でも、ヒストリーチャンネル、NHKBS、日本テレビなどでケネディ暗殺関連番組が放送された。

アメリカではたくさん関連記事が出ているが、こちらはボストンのブルックラインにあるケネディ生誕記念館の職員がケネディ大統領について語るニュースの動画である。

JFK's death still remembered at Brookline home

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# by kennedy-society | 2010-11-25 21:12 | ケネディ暗殺

NHKBS1「発掘テープが語る ケネディ暗殺ケネディ暗殺」

BS世界のドキュメンタリー
「発掘テープが語る ケネディ暗殺」


NHKBS1 11月21日(日) 午後11時~11時50分
(再放送11月27日 土曜 午前10時~10時50分 )


1963年のケネディ米大統領暗殺事件。

40数年ぶりに発掘された地元メディアの映像や音声などをもとに、事件当日の朝から容疑者オズワルドの殺害まで、ダラスで起きた悲劇の一部始終をたどる。改めて歴史に残る一日を再構成したドキュメンタリー。

1963年11月22日、ダラス空港に着いたエアフォースワンのドアが開くと、大統領より先にピンクのスーツに身を包んだジャッキー夫人が笑顔で登場する。ケネディ大統領自身も警備の禁則を破り、詰めかけた人びとに歩み寄って直接握手するなど上機嫌だ。雨模様だったダラスもふたりの到着に合わせたかのように空が晴れ渡り、オープンカーでのパレードも予定通り行われることとなった。

ダラスのダウンタウンでは、沿道に配置された中継カメラが車内で仲睦まじく会話を交わす夫妻の姿を映し出す。間もなくスピーチの会場に着くという矢先、事件は起きた。銃声とともに飛び上がり、夫人にもたれかかるように崩れ落ちる大統領。残されたテープにはスピードを上げ病院に向かうリムジン、パニックで逃げまどう人、その場に伏せる人、あわてて警備につく警官など、事件直後の現場がつぶさに記録されている。

およそ15分後、地元テレビは放送中の番組を中断し、ディレクターが息を切らしていることを詫びながら、第一報を伝える。その後も、大統領が収容された病院周辺で聞き込みをするスタッフや、大統領が被弾する瞬間を間近で目撃した一家などが出演し、証言が続けられる。そのほかにも、犯行に使われたライフル銃が発見される様子や、大統領の最期に立ち会った神父のインタビュー、容疑者オズワルドが連行されながら「自分はやっていない」と記者に答える姿など貴重な映像を改めて見ることができる。

番組のサイト
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# by kennedy-society | 2010-11-21 09:24 | ケネディ暗殺