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ケネディ大統領、ケネディファミリー及びその周辺についてのケネディマニア日記です。
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ロバート・F・ケネディ生誕80年

アメリカ東部時間2005年11月20日、ロバート・F・ケネディの生誕80年を迎えた。

アメリカでのロバート・F・ケネディ生誕80年に関する情報はRobert F.Kennedy Memorialにアクセスしてご覧下さい。

日本ではとくにこれといったセレモニーは予定されていないが、静かにロバート・F・ケネディのe0022333_1894359.jpg生誕80年をお祝いしたいと思う。
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# by Kennedy-Society | 2005-11-21 18:09 | ロバート・F・ケネディ

サイン本

ケネディとその周辺の文献・資料を蒐集してもう何年にもなり、日本語の文献などは一部の本を除いてかなり手元に集まっている。しかし、サイン本となるとそう多くはない。

先日、松山幸雄先生から「回顧録ももう出しましたし、そろそろ身辺整理をしたいと思いますが、手元にあるケネディ関連の本を、ご迷惑でなければそちらに寄贈してもよろしいでしょうか」という連絡があった。もちろん、こちらとしては迷惑どころか思いもかけぬプレゼントで、大変ありがたく、その到着を心待ちにしていた。

数日後、洋書・和書あわせて40冊ほどのケネディ文献が届いた。
手元にない本も多く、うれしくて、一冊一冊手にとって見ていると、その中に『THE ENEMY WITHIN』(1960年初版、Harper & Brothers、New York)があった。昭和37年に邦訳『内部の敵』(波多野裕造、横堀洋一共訳、日本外政学会)として出版された本の原書である。

その本を開いてみると、何と、ロバート・ケネディのサインがあったのである。掲載した写真を見ていただくとわかるように、For Matsuyama とロバートが書いて松山先生に贈った本のようである。

これまで、ケネディ関連のサイン本は何冊か入手していた。
その中でも、米国・シカゴ在住の友人からいただいたキャロライン・ケネディのサイン本、友人がシカゴで開かれたキャロラインの出版記念サイン会に出席されて、私の名前でキャロラインにサインしてもらった本『Profiles in Courage for Our Time』、それが最高の宝物であった。
そのサインは、キャロライン・ケネディの部分は見事な達筆で書かれていたが、私の名前「Kaname」はゆっくりと書いたことが一目瞭然で、それがまた何となくうれしいサインであった。

ケネディ大統領の娘キャロライン・ケネディ、ケネディ大統領の弟ロバート・ケネディ。その二人が実際にペンで書いたサインを眺めていると、1960年代のホワイトハウスやハイアニスでのケネディファミリーの姿が思い浮ぶようで、ケネディファンとしてはうれしくて仕方がない。

あとは、ケネディ大統領夫妻のサイン本を何とか入手したいが、これはこれまでのオークションでもとても手の届かない高値で落札されていて、夢のまた夢。これからのケネディ・コレクションの楽しみの一つにしたいと思っている。

その夜、松山先生からメールを受け取った。それには「小生所蔵のケネディ関係の本を、クロネコで二箱発送しました。中には、ロバート・ケネディの署名をもらったものもあり、懐かしい本ばかりですが、もう小生が持っていても読み返すことはないと思います。(中略)小生オーラルヒストリーで全部吐き出し、もう当分本を書くこともないでしょう。若い人たちのご健闘を祈ります。e0022333_1113462.jpg」とあった。

松山先生のようなケネディ(とその周辺)とゆかりのある方々が、だんだん仕事をリタイアされていくのは寂しいことだが、ケネディの会会報「kENNEDY」で、これからもできる限りケネディ(とその周辺)と日本人との交流の記録を後世に残すための作業を続けていきたいと思っている。
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# by Kennedy-Society | 2005-11-19 11:14 | ロバート・F・ケネディ

増刷と反響

ケネディの会会報「KENNEDY」第23号の在庫がなくなり、本日、印刷所に増刷分400部を発注。10日後に出来上がるので、まだ発送していない一部のマスコミ等にはその後発送予定。

増刷といっても、一般出版物ではないので、それで売り上げが増えるというたぐいの話ではないのだが、「KENNEDY」が一人でも多くの人の目にとまるのはうれしい。

すでにたくさんの方々から、感想を寄せていただいているが、やはり鹿野淳二元自治省大臣官房参事官のケネディ大統領記者会見傍聴の巻頭文と、松山幸雄元朝日新聞論説主幹のオーラルヒストリーに対する反響がもっとも大きかった。

河上民雄元衆議院議員
「鹿野氏のケネディ大統領記念記者会見傍聴記、血湧き肉踊るの感あり、なかなかの名文と感心しました。The Kennedy Wit(1964)という本の感動を思い出しております。」

仲晃元共同通信ワシントン支局長
「鹿野さんが出席された国務省小講堂でのケネディ大統領記者会見は、小生も何度か出席したことがあり、いまでもその雰囲気を懐かしく思い出します。・・・(中略)・・・2007年5月29日はケネディ卒寿ですね。」

波多野裕造元毎日新聞編集委員
「松山さんと私はともに1960年代前半、ワシントンで特派員生活(松山氏は朝日、私は毎日)を送り、ライバルであるとともに、大の仲良しでした。後年、私がアイルランド大使としてダブリンに在勤中、アメリカでの講演後にわざわざアイルランドに立ち寄り、奥様とともに会いにきてくれました。」

そういえば、2007年にはケネディ生誕90周年を迎えることになる。
その時には、ケネディ暗殺40周年特集号のような、ケネディ生誕90周年記念号を発行したいので、今からその準備も始めなければ、と思っている。
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# by Kennedy-Society | 2005-11-08 01:12 | 会報「KENNEDY」

JFKジュニアの写真集

「John F.Kennedy Jr.: A Life in Pictures」が今日届いた。
大きな本である。26×30cm位。しかもかなり重い。 5~14頁が説明。あとの16~243頁はすべて写真。しかも一枚一枚の写真がかなり大きい。

これまで見たことがある写真がほとんどであるが、初めて見るジュニアの写真も何枚かあった。 母ジャッキーに抱かれた1960年12月8日洗礼直後の写真から、キャロリン・ビセットとの結婚式直前の1996年9月12日NYでのスーツ姿のジュニアまで、ジュニアファンにはたまらない1冊である。

ジュニアの熱狂的ファンであった中尊寺ゆつこさんも真っ先に買ったであろう素敵な写真集であるが、見れば見るほど悲しくなってくる。何であの若さで大西洋に消えてしまうんだ・・・・とジュニアに怒ってみたところで、もう彼はかえってこない。

ジャッキーが生きていれば、飛行機の免許など決してとらせなかったであろうに・・・。本当に今でも残念で、残念でしかたがない。

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# by Kennedy-Society | 2005-10-29 19:28 | JFKジュニア

「KENNEDY」第23号発行

ケネディの会会報「KENNEDY」第23号を、10月22日付で発行しました。
内容は以下の通りです。


「ケネディ大統領の記者会見に再度招かれて」
鹿野淳二(元自治省大臣官房参事官)

「日本におけるケネディ文献・資料 第7回 1963年11月22日 その(4)
近藤鉄雄元衆議院議員著『世界を駆ける』経済往来社、昭和41年12月」
松村要(ケネディの会代表)

「ケネディ・ブログ 第1回」
松村要(ケネディの会代表)

ケネディ邦語文献紹介(2004・9・2~2005・10・1)

編集後記


ご希望の方には進呈いたしますので、送付先をメールにてご連絡下さい。
(左のメモ帳の「ケネディの会」をクリックしてください)
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# by Kennedy-Society | 2005-10-16 13:58 | 会報「KENNEDY」

知性と気さくさ

e0022333_11404344.jpg宇都宮徳馬元参議院議員が創刊した『軍縮問題資料』が、創刊300号を迎えた。

その300号の記念号に、國弘正雄エディンバラ大学特任客員教授が「『軍縮問題資料』誕生のころ―第1号から第6号まで」という創刊のころの思い出を書かれている。

その中で、宇都宮さんが上院議員時代のケネディを訪れて、核軍縮問題について折り入って話をしたエピソードなども紹介されているが、第6号の『軍縮問題資料』誌に掲載の「軍備に具体的な行動を」に関連して書かれている文章をここに紹介したい。


「ついで第六回は「軍備に具体的な行動を」と題され二つの文章が付されている。一つはローマ法王(当時)が1982年に広島と長崎を訪れた折の「平和アピール」であり、いま一つは既に触れたアイゼンハワー元大統領が1961年1月17日に離任に先立って行ったラジオ演説で、いわゆる産軍複合体(MIC)の増大の危険への憂慮を全米国民に対して訴えた高名なもの。職業軍人の最長老であったアイゼンハワー元将軍が次期ケネディ大統領への肉親にも近い愛情をこめ、産軍複合体の増大の危険を説き、若き次期大統領を扶けてその危険の防止に力を尽くして欲しい旨を述べた切々たる演説。小生はこれをワシントンDCで聞いて大感動を発したものだった。今のブッシュ輩の合衆国と比べ、往時の合衆国の政治指導者には、ケネディをはじめ、マンスフィールド元大使、フルブライト元上院議員、など錚々たるステーツマンが厳存していた。あの国の劣化のすさまじさを嘆くこと切なるものがある。」(同誌P6)


國弘先生には、これまで会報「KENNEDY」第2号に「ケネディと私―負から正への転換を説く彼」、第21号に「40年の歳月は流れて―ダラスの兇行に想う」を寄稿していただいているが、初めてお目にかかったのは、映画「13デイズ」の試写会であった。

ご挨拶をして、上映が始まるまで、しばらく話をしたが、それは
「映画に出てくるオドンネル補佐官のベビーシッターを妹がしていて、それがきっかけでオドネンル家にお邪魔するようになった」
「ケネディ大統領と会ったのはキューバ危機の直後で、その髪と肩に霜のようにふけが落ちていたのを今でも昨日のように覚えている」
「アメリカン大学での『平和のための戦略』という演説は、わざわざ聞きに行っただけのことがある素晴らしい演説だった」
など、ケネディとその周辺についての貴重な話ばかりであった。

その後、ときどき電話がかかってくるようになったが、この前の総選挙の時は「社民党の保坂展人君が出てるけど、小選挙区ではなくて比例代表なんだ」という電話がかかってきた。ふだんは「そろそろリタイアだ」「この国はもう駄目だ」と口癖のようにおっしゃっているが、憲法9条の危機とあって、もう駄目だとか言っている場合ではなく、一兵卒として電話ボランティアをされているようであった(なお、保坂展人さんは、比例代表で当選)。

松山幸雄共立女子大名誉教授がおっしゃっていた、ケネディの魅力である「知性と気さくさ」が國弘先生にも備わっていて・・・・・というか、ケネディにひかれる人にこれまで数多くお会いしてきたが、昨年亡くなった大前正臣先生をはじめとして、みなに共通しているのが、まさにこの「知性と気さくさ」ではないかと思う。



國弘正雄先生の講演予定:

2005年10月22日(土):横浜市開港記念会館講堂:午後2時40分~5時40分
主催:日本エスペラント学会(電話:03-3203-4581、EMAIL:esperanto@jei.or.jp)

「日本人は『国際語』とどうつきあってきたか?~ことばから見る西洋との格闘~」

パネリスト:
國弘正雄(エディンバラ大学特任客員教授「英語にとり憑かれた日本―その過去と未来」
吉武正樹(福岡教育大学講師)「『国際語』思考と英語支配論の展望」
臼井裕之(日本エスペラント学会研究教育部員)「反英語思潮の同伴者としてのエスペラント」
司会:
木村護郎(上智大学講師)
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# by Kennedy-Society | 2005-10-10 11:39 | 國弘正雄

ユニオンオイスターハウス

いつのまにか、9月。
会報「KENNEDY」第23号の編集と、波多野裕造先生のケネディ関連本の出版のことで忙しくて、ブログ更新が出来ず、反省。会報はまだ原稿を募集中。9月一杯までお待ちしてますので、よろしかったらお送り下さい。

SeptemberからAprilまで、スペリングにrのつく月はオイスター(牡蠣)のシーズンと言われています。それで思い出したのがケネディ大統領がよく出かけたというボストンにある老舗のシーフードレストラン「ユニオンオイスターハウス
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このお店にケネディ・ブースがあり、写真のようなプレートがかかっています。
私もお店に食べに行ったときに、しっかと記念撮影しました。ボストンに行かれたらぜひ、お出かけ下さい。ロブスターもオイスターもとても美味しいです。
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# by Kennedy-Society | 2005-09-08 12:42 | ケネディゆかりの場所

『松山幸雄 オーラルヒストリー』

先日、松山幸雄共立女子大学名誉教授から『C.E.O.オーラル・政策研究プロジェクト 松山幸雄 オーラルヒストリー 元朝日新聞論説主幹』(政策研究大学院大学発行)のP1~29をまとめた小冊子と、ケネディ関連部分の抜き刷りを送っていただいた。

松山先生は、1961年に朝日新聞アメリカ特派員として、ワシントンに在勤されたのを初めとして、1971年にはニューヨーク支局長、1974年にはアメリカ総局長を勤められ、帰国後は論説委員兼編集委員、論説主幹等の要職を歴任されたジャーナリストであり、日米関係に関する著作も多い。

このオーラルヒストリーは、日本とアメリカを100回近く往復された松山先生ならではの、大変貴重な記録となっているが、ケネディ大統領の名前が特によく出てくるのは「第三章 ワシントン特派員時代」である。

「上院外交委員会の雰囲気に感銘―大統領会見は記者との「対決」」
「ケネディ、一般教書で日本に言及―軍事的重要性高まる」
「「ケネディ暗殺」で歴史が曲げられた―「陰謀」があったに違いない」
「キューバ危機の緊張感―シェルターブーム」
「パナマ紛争と平和部隊―途上国との係わり合い」
「歴史の審判に耐えうるケネディの名演説―共産主義国の内部崩壊を期待」

など、ざっと目次を挙げても、読んでみたい内容ばかりである。
ここで少しその内容を紹介すると、

「石原:ところでワシントン在勤中の最も記憶に残る事件は何ですか。
 松山:一番忘れがたいのは、なんといっても「ケネディ暗殺」です。ワシントン時代というより、一生のうちで、これほどのショックを受けたのは、後にも先にもありません。当日、第一報を聞いて私はすぐにダラスに飛びました。」(P67~68)

「石原:ケネディ暗殺の次の大事件は?
 松山:キューバ危機です。当時は核超大国米ソが、まるでニトログリセリンの箱の上でケンカしてるような感じでした。アインシュタインが「もし第三次世界大戦になったら、第四次世界大戦の武器は石だ」つまり、第三次世界大戦をやったら石器時代に戻るぞと警告するような一触即発の危機が続いていたのです。
    (中略)
ともかくあのとき、国民の圧倒的支持を背景に、はやる軍部を抑え、ソ連との対話の糸を切らずに、見事に乗り切ったケネディの颯爽たるリーダーぶりは、なんともカッコよかった。
    (中略)
ケネディのとくに素晴らしかったのは勝ったあと、決して高ぶらず、ソ連を追い詰めなかったことです。このことは、キューバ危機解決の少し後にアメリカン大学でやった「平和の戦略」という演説によく出ています。」(P68~69)

 「松山:特筆しておかなければならないのは、さっきもちょっと触れましたが、キューバ危機を乗り切ったあとワシントンのアメリカン大学で行った「平和の戦略 Strategy of Peace」という演説です。私は女子大学の大学院で毎年これをテキストとして読ませましたし、私の著作にも何度か引用しましたが、本当にアメリカ史だけでなく、世界の外交史に残る名演説でした。
 「歴史は、国家間の敵意は、個人間と同様、永続するものではないということを教えてくれる。わが好まぬものが、一見いかに固定しているかのように見えようとも、時と事態の推移とは、しばしば国家間にも隣人の間にも驚くべき変化をもたらすものである。われわれは、共産圏の内部に建設的な変化が起こって、現在不可能と思われるようなことが可能になる日を待たなければならない。されば忍耐心をもって事に臨もうではないか―。」
ソ連共産主義が崩壊するなんて、まだ誰も想像しなかった時代ですよ。そのときに「忍耐心をもって共産圏の内部に建設的な変化が起こるのをまとうではないか」
―すごい見識ですね。歴史の審判に耐えうる演説というのは、こういうのをいうのでしょう。」(P73~74)

このようにほんの少し紹介しただけでも、他の部分を読んでみたくなるような本であるが、市販されていないので、大きな図書館等で閲覧するしかないのが本当に残念。多少高くても購入して、ぜひ手元においてじっくり読んでみたいオーラルヒストリーである。
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# by Kennedy-Society | 2005-07-28 14:12 | 松山幸雄

ジョン・F・ケネディ・Jr.

今日はジョン・F・ケネディ・ジュニアの命日(アメリカ時間1999年7月16日)。

父の生きた年齢までも生きることができなかったジュニア。享年38歳。
ホワイトハウスでの天真爛漫なジュニア、青年時代の今で言う「イケメン」ジュニア、そして40歳を迎えようとして少し渋くなってきていたジュニア、今でもその死が本当に残念でならない。

ジュニアがマーサーズビニヤード島沖に墜落して、ニューイングランドのつかぬまの夏のようにその短い生涯を閉じた時、共同通信社ワシントン特派員としてケネディ大統領を上院議員時代から取材してきた仲晃桜美林大学名誉教授からいただいた手紙にも、

「ジュニアの事故死は残念でいう言葉もありません。この人物だけは長生きして欲しかったと思うこと痛切です」

とあった。仲教授と同じく、ジュニアを赤ん坊のころから知っているアメリカ国民もまたわが息子をなくしたような喪失感に襲われたように思われる。まさにジュニアの死は「AMERICA'S SON」の死であったのではないだろうか。

ジュニアの熱狂的なファンであった漫画家の中尊寺ゆつこさんも、今年1月に亡くなってしまった。その中尊寺さんのジュニア追悼の漫画と記事をリンクして、ジュニアの冥福を祈りたいと思う。
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# by Kennedy-Society | 2005-07-17 10:30 | JFKジュニア

鹿砦社社長逮捕

先日、鹿砦社の松岡社長が逮捕された。名誉毀損での逮捕らしいが、出版社の社長の逮捕は珍しい。

鹿砦社といえばスキャンダル本の大手。

スキャンダル本にはあまり興味はないのだが、鹿砦社からはケネディ暗殺研究家の奥菜秀次(1963年生まれ)さんが、ケネディ関連本を出している。

『ケネディ暗殺・隠蔽と陰謀』(2000年3月)
『落合信彦 最後の真実』(1999年2月)
『捏造ジャーナリスト 落合信彦』(2001年8月)
『落合信彦 破局への道』(2004年3月)

後ろの3冊は、落合信彦批判3部作であるが、落合信彦の使用したとされるネタ本すべての暴露からはてはオルブライト大学への現地調査まで、その徹底的な調査には驚かされる。
これまでのケネディ暗殺本とは一味違う『ケネディ暗殺・隠蔽と陰謀』を含めて、こういった本は、おそらく鹿砦社でなければ刊行されなかったであろう。

鹿砦社の事件については、詳しいことがわからないので何とも言えないが、ケネディ暗殺関係の版元の社長逮捕というのは、ケネディファンとして気になる出来事で、今後の推移を注意深く見守りたいと思う。
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# by Kennedy-Society | 2005-07-15 12:46 | ケネディ文献・資料

アイルランドとケネディ

アイルランドとケネディ大統領については、会報「KENNEDY」でもこれまで何回かとりあげている。

岩尾吉明「ケネディ大統領と北アイルランド問題」(第21号)

藤本哲生「文化から見るアイルランドと北海道」(第21号)

岩尾吉明「ケネディ家祖先の地を訪ねて -アイルランド・ダンガンスタウンー」(第19号)

松崎啓子「ケネディの故郷、アイルランドと私 -アイルランドの魅力」(第17号)

松村要「日本におけるケネディ文献・資料 第4回 アイルランドとケネディ(その一)」(第10号)

昨年亡くなった大前正臣先生から、アイルランドとケネディ関連の資料を大量にいただいたこともあった。ジーン・ケネディ・スミスが、クリントン大統領から駐アイルランド米大使に任命されたころだった。
その大前先生と「ニューロスのケネディ家の祖先の家を見に行きましょう」という約束をしながら、結局、果たせぬままになってしまった。いつかぜひニューロスへは行きたいと思う。

アイルランドとケネディ大統領についての本を、アマゾンで見つけて注文。
「One of Ourselves: John Fitzgerald Kennedy in Ireland」
(James Robert Carroll、2003年11月刊)

ケネディ大統領がアイルランドを訪れたときのビデオは2本ほど見たことがあるが、こういうまとまった本はあまり読んだことがなく、楽しみである。

(付記)今日から文体を「です、ます」調から「である」調に変更。「です、ます」調だと何となくよそ行きの雰囲気になってしまうので、ご容赦下さい。
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# by Kennedy-Society | 2005-07-12 19:32 | アイルランド

スペシャルオリンピックス

今年の2月に長野で行われたスペシャルオリンピックス冬季世界大会の本が出版されました。

『ありがとう。2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会・長野メモリアルブック』
スキージャーナル社、2005年6月15日発行、127P、ISBN4789900592、1575円

スペシャルオリンピックス日本・千葉のボランティア&賛助会員の島田和之さん(ケネディの会の会員でもあります)によれば、この本の売り上げの一部がスペシャルオリンピックス日本に寄付されるそうです。

来日したユーニス・シュライバー・ケネディ親子の姿をテレビで見ることができましたが、特にユーニスさんの元気一杯な活動ぶりには驚きました。あちらこちらの会場に出かけられて、選手やスタッフの方を励まされていました。
ユーニスさんは1921年7月10日生まれですから、84歳になりました。これまで重い病気になったり、ハイアニスで交通事故に遭ったり、それでもそのつど奇跡的にカムバックされていて、本当に生命力の強い方だと感嘆しています。

ユーニスさんには、ローズ・F・ケネディのように、100歳過ぎてもお元気であってほしいと願っています。

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# by Kennedy-Society | 2005-07-11 17:32 | スペシャルオリンピックス

「KENNEDY」第23号編集中

現在、ケネディの会会報「KENNEDY」第23号を編集中。

巻頭文は、鹿野淳二「ケネディ大統領記者会見傍聴に再度招かれて」。
これは1963年7月の「部分的核実験停止条約(PTBT)」妥結直後の記者会見に出席した鹿野さん(当時、自治省勤務)の記者会見傍聴記。
詳しくは会報をお読みになっていただくとわかりますが、ケネディ大統領のさっそうとした記者会見の様子を伝える貴重な記録です。

常連寄稿者の高見和憲さんの原稿が今回はなくて、紙面構成が難しい。9月発行予定なので、今月中には全体構成を決めなければとややあせってます。
まだ間に合いますので、原稿をご寄稿していただける方はご連絡下さい。ケネディに関するものでしたらなんでもOKです。詳しくはメールでお問い合わせ下さい。
ケネディの会 mjks@mug.biglobe.ne.jp

浜松在住のケネディファン大内保典さんから「もしケネディが生きていれば」という特集をやってほしいと頼まれていますが、これはまだ具体化するまでにはいたっていません。
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# by Kennedy-Society | 2005-07-10 13:38 | 会報「KENNEDY」

初ブログ!

ケネディの会代表の松村です。
エキサイトでブログを始めることになりました。
ブログは初めてなので、何が何だかわからないのですが、
急がず休まず(byゲーテ)、書き続けていきたいと思います。
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# by Kennedy-Society | 2005-07-09 10:40