excitemusic

ケネディ大統領、ケネディファミリー及びその周辺についてのケネディマニア日記です。
by Kennedy-Society
ICELANDia
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
メモ帳
★ケネディの会会報
「KENNEDY」
のバックナンバー
「第20号:ケネディ暗殺40年特集号」
「第24号:ケネディ生誕90年記念号」
の2冊は在庫があります。ご希望の方に謹呈致しますので、下記まで郵便番号・名前・住所をご連絡下さい。
ケネディの会

★当ブログはリンクフリーです。ご自由に貼り付けて下さい。
カテゴリ
全体
会報「KENNEDY」
会報バックナンバー
ジョン・F・ケネディ
ジャクリーン・ケネディ
ロバート・F・ケネディ
エドワード・ケネディ
パトリシア・ケネディ
JFKジュニア
キャロライン・ケネディ
パトリック・ケネディ
クリストファー・ケネディ
ケネディ家と公職
スペシャルオリンピックス
ケネディ暗殺
ケネディゆかりの場所
ケネディ大統領慰霊碑
アイルランド
JFKライブラリー
ケネディ文献・資料
テレビ・映画・舞台
映画「ボビー」
映画「稲妻の二年十ヶ月」
ビデオ
宝塚公演「JFK」
記念切手
ケネディゆかりの人々
ソレンセン
デイブ・パワーズ
ヒュー・サイディ
ガルブレイス
國弘正雄
松山幸雄
高市早苗
桃井 真
Ban Ki-Moon
中間選挙
PT109
空母ジョン・F・ケネディ
『勇気ある人々』
沈黙の春
マイスペース
ケネディ関連の音楽
異文化交流
メーリングリスト
リンク紹介
米大統領選挙
会報執筆者
ケネディ騎士団
ハマースミス・ファーム
Sixth Floor Museum
ローリー・ケネディ
ケネディ関連文献紹介(日本語)
CapeCodTimes
その他
マリア・シュライバー
鳩山由紀夫
イーディー・ビール
杉田弘毅
ロバート・マクナマラ
ウォルター・クロンカイト
ファーストドッグ・BO(ボー)
ユーニス・シュライバー
ハイアニス
ポール・B・フェイ
ニューヨークピザトニー
ヴィッキー・ケネディ
平沢淑子
ジョセフ・ケネディⅡ
ジョセフ・P・ケネディⅢ
スチュワート・ユーダル
アナトリー・ドブルイニン
ジョン・ワーネック
ロバート・ケネディJr.
テッド・ケネディJr.
マクスウェル・ケネディ
なだいなだ
細野軍治
堀切友孝
奥菜秀次
ヘレン・トーマス
カラ・ケネディ
品川力
福田久賀男
細野豪志
未分類
検索
以前の記事
最新のトラックバック
ケネディの会のブログで紹..
from Eijipress blog
ゴダイゴCONCERT ..
from 英語に触れる生活
セレブって、どんな人?
from Boochanの宝探し
「グッドナイト&グッドラ..
from 映画と出会う・世界が変わる
これもまたハリウッド映画..
from 万歳!映画パラダイス〜京都ほ..
映画:グッドナイト&グッ..
from 駒吉の日記
新会社法元年・あけまして..
from 「税金まにあ」木村税務会計事..
国が諸君のために何をして..
from グーグーパンダの語る人生の目的
ダラス
from アメリカの都市
鹿砦社・松岡さん拘留理由..
from 旗旗
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2013年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

米上院外交委員会公聴会でのキャロライン・ケネディ一家


19日の米上院外交委員会公聴会でのキャロライン・ケネディ一家。

e0022333_10293352.jpg


手前、キャロライン・ケネディ。
後ろ右から、夫エドウィン・シュロスバーグ、娘タチアナ・シュロスバーグ、息子ジョン・シュロスバーグ。その左は故エドワード・ケネディ上院議員の夫人ヴィッキー・ケネディ。

e0022333_10321333.jpg

[PR]
by Kennedy-Society | 2013-09-21 10:43 | キャロライン・ケネディ

ケネディ次期駐日大使、上院外交委員会公聴会で所信表明


19日、オバマ大統領が指名したキャロライン・ケネディ次期駐日大使の人事承認をめぐる上院外交委員会公聴会が開かれた。


キャロライン・ケネディ次期駐日大使の議会証言要旨  【ワシントン時事】


19日の米上院外交委員会公聴会でのキャロライン・ケネディ次期駐日大使の証言要旨は次の通り。

 一、父は第2次大戦を太平洋戦線で経験した退役軍人であり、現職大統領として初めて訪日することを望んでいた。父の遺産を引き継ぎ、日米という二つの民主国家を結ぶ力強い絆を象徴する役割を果たしたい。

 一、赴任先の国として日本以外は考えられない。1978年に叔父の故エドワード・ケネディ上院議員とともに初めて訪日し、広島を訪れて深く心を動かされた。日米両国は政治的、経済的、文化的、戦略的に深く結び付いている。

 一、米国がアジア重視戦略を進める中、日米同盟は引き続き地域の平和と安定、繁栄の礎石だ。日本はかけがえのないパートナーだ。

 一、日本は政治的安定と経済再生の時代を謳歌(おうか)しており、米国との貿易・投資の拡大を望んでいる。米国の経済界と連携し、日本の市場開放を図る。環太平洋連携協定(TPP)交渉の妥結へ日本側と協力していく。

 一、東シナ海の問題は地域の緊張緩和を期待する。尖閣諸島は日本の施政権下にあり、日米安全保障条約第5条の適用対象だ。

 一、沖縄の米軍基地問題は進展への希望はある。米議会の強い懸念は承知している。

 一、日米間の学生交流などを広げていきたい。それにより将来の世代が日米両国の共通の歴史を理解し、引き続き両国民を結び付けていくことができる。

e0022333_22365256.jpg





岸田外相、次期駐日大使のケネディ氏に期待感 毎日新聞

ケネディ次期駐日大使の尖閣発言を歓迎 菅長官「活躍に期待」 産経新聞

日本はかけがえのないパートナー=ケネディ次期大使 ウォール・ストリート・ジャーナル

日本への特別な思いアピール=20歳で広島訪問-ケネディ次期米大使 ワシントン時事
[PR]
by Kennedy-Society | 2013-09-20 22:37 | キャロライン・ケネディ

キング牧師演説50周年記念式典とキャロライン・ケネディ


キング牧師「私には夢がある」演説50周年記念式典におけるキャロライン・ケネディ。米国ワシントン・リンカーンメモリアルにて、2013年8月28日。

写真は左から、クリントン元大統領、オプラ・ウィンフリー、ミッシェル・オバマ、キャロライン・ケネディ、オバマ大統領。

e0022333_9174286.jpg

[PR]
by Kennedy-Society | 2013-09-16 09:18 | キャロライン・ケネディ

福田久賀男さんの思い出


ケネディ文献蒐集で出会った人びと

第2回

福田久賀男さんの思い出


松村 要 


かつて神田古書会館の前に「世界」という喫茶店があり、毎週金曜日に開かれる古書展に通う古書マニアが集まっていた。階段を上がると右側に大きなテーブルがあり、そこで古書展の常連たちが会場で入手した本や雑誌を手に、古書の話から政治情勢まで四方山話に花を咲かせていた。

まだ古書展に通い始めたばかりであった私は、品川力(ペリカン書房)、北川太一(高村光太郎研究)など、知る人ぞ知る古書道の達人たちを遠くの席からそっと眺めていたが、そのテーブルの中心にいたのが福田さんであった。

福田さんが遺した唯一のまとまった著作『探書五十年』 の著者紹介に、

「大正論壇の鬼才・安成貞雄に私淑し、土田杏村・田中王堂・生田長江・野村隈畔を論じ、佐藤緑葉を師と仰ぐ。大正文学はもとより、大衆文学についても博引旁証の文献学的薀蓄を傾けてあきない」

とあるように、その文献蒐集にかける情熱は半端ではなく、

「炎暑の夏も、極寒の冬も、雨が降ろうが、風が吹こうが、この日ばかりは早く起きて、私が絶対欠かさないのが、神田古書会館で開催される毎週金曜、土曜の古書展通いである。古書展は神田以外でも、高円寺・高田馬場・五反田でも開かれており、デパート展まで含めれば、平均週に二日はこのために費やすことになる。同日に二ヵ所で開催されることが有れば、時間をずらしてでも必ず二ヵ所とも回る。」(同書P106)

と書いている通り、都内各地の古書展で福田さんの姿を見かけないときはないくらいであった。

また、本書にも収録されているように、たとえば『芥川龍之介事典』のような粗雑な研究書に対する批判は、

「この執筆者、本事典の『モリス』を書く資格はないと断じてよい」(同書P166)
「この項目に限っていえば、到底頂ける代物ではない」(同書P166)
「調べれば分るはずのものを、生没年月日も不明にしたまま、手抜きが歴然としていて読んで甚だ不愉快である」(同書P167)
「ポピュラーな文庫本まで落としているのは、みっともないとしか言いようがない」(同書P170)

と、ええ~そこまで言って大丈夫ですか、と思うくらい容赦なく、手厳しいものであった。それは神田古書街で知らない人はもぐりだとまで言われた福田文献博士(こう呼ばれてもいた)なればこその批判であったと思うが、批判された側からの非難・中傷も多く、大変だったのではないかと思う。

しかし、当時探していたケネディ文献を古書業界の雑誌「日本古書通信」が縁でいただいてからおつきあいが始まった福田さんは、かぎりなく優しく、私のような若造も決して呼び捨てにはせず、「松村さん」と呼ぶお洒落な紳士であった。そして10年以上のお付き合いで、福田さんからいただいたケネディ文献は最初にいただいた『ケネディ夫人の礼状』をはじめとして、雑誌・本およそ100点ほどになった。

その福田さんが末期ガンに侵され、余命いくばくもないと古書仲間から聞かされて、私もお見舞いに出かけた。病院のベッドに座っていた福田さんは思っていたより元気そうで、私が持参した好物のメロンを見て「おいしそうなメロンだね」と微笑んでくれた。

1時間近く文学や政治の話をして「そろそろ失礼します」と帰ろうとすると「玄関まで送るよ」といってガウンをはおり、長い廊下を一緒に歩いて玄関まで送ってくれた。私が「闘病、頑張って下さい」というと「ああ、頑張るよ」と言って手を差し出してきた。

その手を握って福田さんの顔を見ると、涙がうっすらと目に浮かんでいて、私は思わず目をそらして「また、来ます」とだけ言って、手を離した。福田さんはこちらをじっと見てからくるりと背中を向け、病室の方へ帰っていったが、それが最後の別れであった。

その2ヵ月後、福田さんは都内のホスピスで亡くなったが、福田さんの最初にして最後の著作となった『探書五十年』 が友人たちの奔走によって出版されたのは、亡くなるわずか4日前であったという。それでも亡くなる直前までゲラに目を通し、恩師である小田切秀雄先生が序文を書いてくれたのを子どものように喜び、この本の出版を心待ちにしていたと聞き、よくぞこの本を出してくれたと、友人や出版社に感謝の気持ちで一杯である。

福田さんが存命中、私が神田や高円寺の古書展を休むと、翌日、「昨日はどうしたの」という電話がよくかかってきた。何だか、学校をずる休みして先生にしかられているような気分であったが、今でも、古書展を休むと、その懐かしい声が電話の受話器の向こうに聞こえてくるような気がして、福田さんの優しい笑顔が浮かんでくる。


e0022333_185436100.jpg
 
福田久賀男著
『探書五十年』
不二出版 1999年発行 261頁

e0022333_1859930.jpg

安孫子清水著
『ケネディ夫人の礼状』
王子書房 昭和44年発行 186頁
[PR]
by Kennedy-Society | 2013-09-07 19:14 | 福田久賀男

品川力さんの思い出


ケネディ文献蒐集で出会った人びと

第1回

品川力さんの思い出


松村 要                                        

品川力さんと言っても、古書業界の人や古書蒐集家以外はほとんど知らない名前だと思う。

品川力著『本豪落第横丁―古書邂逅(めぐりあい)』(青英舎、1984年)のカバーに紹介されている文が、短いながらも品川さんの姿を見事に浮かび上がらせているので、ここに引用したい。

「太宰治の『ダス・ゲマイネ』の中のペリカンと噂され、織田作之助の友。精微な読書人書誌人であり、無類の自転車愛好家。明治37年1月31日新潟は柏崎の生まれ。時にはかの『アンアン』のモデルであり、麦藁帽子の似合う清冽なダンディズムの人。誰が名付けたか、書物探索の冒険家。その著書には、奥付の後に増補書込6頁もついた『内村鑑三研究文献目録』(明治文献版、後に荒竹出版より増補版)もある。現在は、本郷落第横丁にてペリカン書房を営む」

初めて品川さんを見かけたのは、神田の古書会館であった。
この紹介にあるとおり、ツバの広い帽子をかぶり、扇子を腰のポケットに無造作に突っ込んでいた。その品川さんが、古書展の会場で福田久賀男さん(近代文学研究)と親しげに話していたので、品川さんが場所を移って福田さん1人になってから「今の方は、どなたですか」と尋ねると、「ペリカン書房の品川さんだよ」と教わった。

ただ、教わったといっても、当時、品川さんのことなどまったく知らなかったので、「ふ~ん、お洒落な古書店主だなぁ」と思っただけで、その日はそれで終わった。

しかし、その後、古書会館前の常連が集まる喫茶店「世界」で、何度か品川さんと同席する機会があり、福田さんに正式に紹介していただいて、お付き合いが始まった。

以来、古書展の会場で「これにケネディが載っていますよ」と言って古本を渡されたり、喫茶店で「こんなのもあります」といって、ケネディが載っている珍しい洋雑誌を見せてもらったりしていた。そんなある日、古書展の会場で品川さんから「うちに来ませんか」と誘われて、品川さんのお店に行くことになった。

東大前の大通りから、少し路地を入ったところに「ペリカン書房」があった。お店は小さなお店で、平台が真ん中にあり、壁はすべて本棚になっていて、びっしりと古書で埋まっていた。

品川さんは奥の帳場に案内してくれて、珍しい文献をいろいろと見せてくれた。さらに「これ」と言って一枚のスナップ写真を差し出した。それは品川さんが若い頃、東大構内で撮ってもらったという写真であった。彫りの深い、ちょっと日本人離れしたハンサムな青年がそこにいた。「ハンサムですね」と写真を見た感想を言うと、品川さんはニコニコして「差し上げます」と言った。

こうして2時間ほど、ペリカン書房で品川さんのお話を伺い、貴重な文献を何冊かいただいて、帰宅した。その数日後、宅急便が突然、品川さんから届いた。その中には「カードで分類整理しているそうですから、これをお使い下さい」という手紙とともに、図書館が廃棄した蔵書カードが何百枚も詰まっていた。

そんな品川さんの『本豪落第横丁―古書邂逅(めぐりあい)』は書物探索家として取り扱った本と蒐集家のことを書いたものであるが、その見出しにはダンディな品川さんらしいシャレたものが多い。

「本探しは自転車に乗って」
「ほれて通えば千里も一里」
「書物の恋人たち」
「白百合のごとく」
「五月の風をゼリーにして」

もちろん、書誌研究家らしく
「書物に索引を付けない奴は死刑にせよ」
などという過激なものあるのが、それもまた面白い。

本書は、私のような書誌(文献目録)を作成している者にとっては、教わることの多い本であるが、品川さんの言いたいことは次のようなことだと思う。

1  書誌を作成するときは、必ず現物に当たれ。他の文献目録からの孫引きは絶対にやってはいけない。見ていないものは正直に「未見」と記すべし。
2 人名の読み方はとくに難物であるから、ありとあらゆる手段で正しい人名の読み方を把握するべし(注:品川さんのお名前もずっと力(りき)と思っていたら、力(つとむ)だとあとで知り、本当に品川さんの言うとおりだと痛感)。
3 索引はどんなことがあっても必ずつける。索引のついていない書物はその価値が半減する。
4 文献探求の心得は「ほれて通えば千里も一里」&「急がず休まず(ゲーテ)」。

これらの品川さんの言いつけをしっかり守り、文献探索を続けて、いつの日か『日本におけるケネディ書誌(文献目録)』を刊行したいと思う。

ところで、品川さんは古書展の会場に姿を見せる機会が次第に少なくなり、古書仲間でもほとんど品川さんの話はしなくなった。思い切って品川さんに電話をすればいいのだろうが、電話してこちらのことなど忘れていたらどうしようと不安で、その電話がどうしてもかけられず、ずるずると時間が流れていくだけであった。そしてそんな状態が何年か続いた後、2006年11月3日、品川力さん、逝去。享年102歳。

書物とともにその人生を生きてきた品川さんにもっとも似合う季節、読書の秋に品川さんは旅立った。

毎週金曜日、神田の古書会館に行き、古書展の会場に入ると、ツバの広い帽子をかぶり、扇子を腰のポケットに無造作に突っ込んだ品川さんが今でもそこにいるような感じがして、少し切なくなる。


*画像は、品川さんのお店「ペリカン書房」に伺ったとき、いただいた品川さんの若いころの写真。
e0022333_23491812.jpg


*画像は、東大構内の三四郎池を散歩する品川さん。80歳頃の写真。
e0022333_23501270.jpg

[PR]
by Kennedy-Society | 2013-09-01 23:54 | 品川力