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ケネディ大統領、ケネディファミリー及びその周辺についてのケネディマニア日記です。
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誕生日

今日はアメリカ時間で2006年5月29日。


アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディの誕生日。

生きていれば、89歳。

生きていれば、世界は・・・・。


来年はケネディ大統領生誕90年。

ケネディの会では、2007年5月29日、その生誕90年の日に
会報「KENNEDY」のケネディ生誕90年記念号を発行する予定です。

画像は、ボストン郊外ブルックラインにあるジョン・F・ケネディ生誕記念館
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by Kennedy-Society | 2006-05-30 09:11 | ジョン・F・ケネディ

ジミー・ホッファの遺体捜索

1957年、アメリカ合衆国上院に設置された労使分野における不正活動に関する特別委員会(通称:マクレラン委員会)の主任顧問弁護士として、ロバート・F・ケネディが65人の調査官を指揮して、労働ボスやマフィアと激しく渡り合ったそのもっとも象徴的な相手であるジミー・ホッファ(全米トラック運転手組合、すなわちチームスターズ・ユニオン委員長)の遺体捜索を、FBIが5月18日からアメリカ・ミシガン州デトロイト郊外の農場で開始した。

ジミー・ホッファ失踪については、さまざまな説がある。

1 エリー湖に捨てられた。
2 ニュージャージー州のジャイアンツ・スタジアムの芝生の下に埋められた。
3 当時建設中のニュージャージー高速道路の基礎に埋められた。
4 塩酸で溶かされて、車のバンパーのメッキに使われた。
5 シカゴの精肉工場でひき肉にされた。
6 自動車のトランクに入れられたまま圧縮機でくず鉄にされた。

この他、奇想天外な説も含めていろいろな説がこれまで言われてきた。

今回、チームスターズの元組員で麻薬の輸送で有罪になった75歳のトラック運転手の、一時期ジミー・ホッファの友人のものだったというこの農園に、ジミー・ホッファ失踪当日、数台の車が集結していたという証言によって、FBIがこの農場の土を重機で掘って、ホッファの遺体を捜し始めたものらしい。

この農園は広さが約320平方キロもあり、捜索にはまだ数週間かかると言われていて、26日現在、何も発見されていないという(このため、一部マスコミから税金の無駄づかいという批判がおきているが、FBIはウソ発見器にかけた信ずべき情報であると反論)。

ただ、さすがアメリカと思うのは、地元のケーキ屋さんでは、ホッファの手と思われる緑色の片手が土色のケーキ部分からにょきっと出ている不気味なカップケーキを売り出して、これが結構売れているというから、何とも商魂たくましい資本主義の総本山アメリカ、と言ったら言いすぎで、これも一種のブラックユーモアなのかもしれない。

【参考】
ダニー・デビート監督、ジャック・ニコルソン主演、1993年米映画
『ホッファ JFKが最も恐れた男』(VHSビデオ) 140分

ロバート・F・ケネディ著、波多野裕造・横堀洋一訳
『内部の敵』(原題名:THE ENEMY WITHIN)
日本外政学会 昭和37年2月5日 457頁

画像は、同書より、マクレラン委員会で対決するロバート・F・ケネディとジミー・ホッファ。
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by Kennedy-Society | 2006-05-27 22:37 | ロバート・F・ケネディ

ジョン・F・ケネディ本物髪の毛(?)

ヤフーオークションはよく利用する。

本や雑誌は古書展や古書店に通ってかなり手元に集めたので、それ以外のものを探すことが多い。フィギュア、メダル、切手、ミニチュアカー、レコード、ソノシート、ビデオ、DVD、映画パンフレットなどその範囲は広い。

魚雷艇PT109の模型もよく出品されているが、これまで何種類ものPT109の模型が発売されたことを知ったのも、ヤフーオークション。その他に、ジープやら戦闘機やらケネディの名前のついた模型も多い(空母ジョン・F・ケネディの模型は残念ながらまだ見たことがないが・・・・)。

ところで先日、
「ジョンFケネディー本物髪の毛6本永久保証」というとんでもないものが出品された。

しかも最初の値段設定が、900円!!!
あのケネディ大統領の毛髪が900円というとその値段を聞いた瞬間に「これはニセ物だな」と思ってしまうのだが、これがたとえば90万円などのそれらしい値段設定だったら、「おお、これがケネディの毛髪か」と一瞬信じてしまいそうである。

さすがに、出品者も本物とは断言できず、
「アメリカの専門店からのCOAが付属します。さすがに当店では鑑定できませんが万一本物でないと証明された場合全額保証する保証書が付属します。」
という説明になっている。だが「万一本物でないと証明された場合」というが、本物でないことの証明は本物であることの証明以上に難しいのではないだろうか。

それで、「まがいものでこんな珍しいものもある」という意味で、この毛髪を手元に置いておくのもいいかな、と思って3000円くらいまでなら買おうと思っていたら、あと2日の時点で15000円になってしまったので、入札はしなかった。

さて、この珍品、最終日には、いったいいくらになるのだろう。
(買った人に「本物だと信じて買ったのですか」と聞いてみたいような気もする)

*追記(5月28日)*
最終日に価格はどんどん上がって、結局、最終落札価格は7万円であった。

画像:
ケネディ大統領の写真の下に、ケースに入れられた6本のケネディの毛髪(?)が見える。
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by Kennedy-Society | 2006-05-25 17:59 | ケネディ文献・資料

ジャクリーヌ・ケネディ写真展 (その2)

5月17日の毎日新聞(朝刊)に、ジャクリーン・ケネディ写真展の紹介記事が掲載され、写真展の詳しい内容がわかりました。

画像にアップした記事にあるように「シャネルスーツに身を包んだ姿や、子供と遊んだり、乗馬を楽しんだりするプライベート写真もあり」、会場に展示されるのは約100点。
これらは「コレクターのプレイベート・コレクションで、オークションなどで集めたもの」だそうです。

新聞に掲載された写真、この右半分のワンコを連れたジョン・ジョンとキャロライン二人の写真は見たことがありますが、ジャッキーも含めた広いアングルのこの写真は初めて見るもので、他にも初めて見る写真があるのではと楽しみにしています。

5月30日~6月17日までギャラリー スュールミュール詳しい地図:東京・渋谷区)で開催されます。入場無料。
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by Kennedy-Society | 2006-05-18 21:59 | ジャクリーン・ケネディ

ロバート・ケネディに捧げる歌

『ロバート・ケネディに捧ぐ アヴェ・マリア リパブリック讃歌』(アンディ・ウィリアムス)
CBS・ソニーレコード[シングルレコード]

凶弾に倒れたロバート・ケネディの冥福を祈って、1968年6月8日、聖パトリック教会で行われた葬儀で、アンディ・ウィリアムスが心をこめて歌った2曲を収録。

けいけんな祈りをこめた「アヴェ・マリア」と、失意のアメリカに勇気を呼び起こさせた「リパブリック讃歌」。アンディ・ウィリアムスのロバート・ケネディを追悼する気持ちのこもった歌声が、心にしみてくるようなレコードです。

この葬儀での、弟のエドワード・ケネディ上院議員のスピーチが、ジャケットの裏に紹介されています。

"My brother need not be idealized or enlarged in death beyond what he was in life. He should be remembered simply as a god and decent man who saw wrong and tried to right it,saw suffering and tried to heal it,saw war and tried to stop it."
(私の兄は、その死によって生前の姿を理想化したり、拡大する必要はない。彼はただ、悪を見てそれを正そうとし、苦しみを見てそれを癒そうとし、戦争を見てそれを止めようとした、一人の善良で真っ当な人間として記憶されるべきである)
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by Kennedy-Society | 2006-05-16 15:09 | ケネディ関連の音楽

ジャクリーヌ・ケネディ写真展

「Dear Jackie/ジャクリーヌ・ケネディ-写真展 プライベートコレクション展」   

が、5月30日~6月17日にギャラリー スュールミュール詳しい地図:東京・渋谷区)で開催されます。

デパートや美術館で開催されるような大規模な写真展ではなく、ギャラリーでの小規模な写真展。それもまたお洒落で、ジャッキーにふさわしい写真展になるのではと思います。

画像:ジャッキーの写真集(ミニチュア本)「JACKIE」 Ariel Books 、Andrews and McMeel、Kansas City の表紙

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by Kennedy-Society | 2006-05-10 11:33 | ジャクリーン・ケネディ

パトリック・ケネディ下院議員

パトリック・ケネディ下院議員(ロードアイランド州選出)は、5月5日、ワシントンの連邦議会で記者会見を行い、4日未明の交通事故(自ら運転する車が、連邦議会近くの防護柵に衝突。けが人はなく、また本人もけがはなかった)における自らの状態を「事故当時の記憶がなく、そのような自分に深い懸念を覚える」状態であったとして、ミネソタ州の専門クリニックMayo Clinic で、薬物依存の再治療を受けると発表した。

パトリック・ケネディ下院議員は「若い頃からうつ病と薬物依存症と闘ってきた」ことを明らかにし、去年のクリスマス時に、上記の専門クリニックで治療を受け、一定の効果をあげていたことも告白した。

今回の交通事故の前に、睡眠薬と吐き気を抑える薬を飲んだことをパトリック・ケネディ下院議員は認めており、その影響で「連邦議会近くの路上の反対車線を無灯火で走行、防護柵にぶつかった」(警察発表)ものと思われるが、それにしても後から振り返って記憶がないという危険な状態で車を運転したにもかかわらず、人を傷つけず、かつまたよくぞパトリック・ケネディ下院議員自身、無事であったと思う。

パトリック・ケネディは21歳、プロビデンス大学2年生の時、ロードアイランド州下院議員に当選。3期つとめた後、27歳でロードアイランド州選出連邦下院議員に当選。

以来、6期連続連邦下院議員に当選して、民主党の重要な役職も経験。父のエドワード・ケネディ上院議員から2006年の上院議員選挙に出馬するようにすすめられたが固辞して、今までと同じ連邦下院議員での再選を目指していた。

パトリック・ケネディの伝記『PATRICK KENNEDY :THE RISE TO POWER』(画像はその表紙)を著したブラウン大学のDarrell West教授の言うように「ケネディ家の一員であることは両刃の剣である。他の人が持っていない多くのチャンスを与えられているが、同時に、常に大衆の視線にさらされて生きていかなければならず、それは若い世代にはとても大変なことである」、つまり、ケネディ家の一員であることのプレッシャー。そのプレッシャーから逃れるために、ケネディ家の若い世代のある者は酒に溺れ、ある者は薬に逃避し、数々のスキャンダルをこれまで引き起こしてきたのだろうと思う。

今回の事故後、パトリック・ケネディは記者から「下院議員を辞職する気はあるのか」と尋ねられ「辞職する気はありません」と明確に否定。しばらくは治療に専念するそうであるが、まだ38歳。あわてることなく、この機会にぜひ徹底的に治療して再出発して欲しいと思う。
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by Kennedy-Society | 2006-05-07 01:29 | パトリック・ケネディ

2006年カタログ

JFKライブラリーの2006年版ミュージィアムストア・カタログが届いた。

アッと驚くようなものはないが、宝くじでも当たればカタログ全点買い占めたいような、ケネディファンにはたまらないものばかり。

とくに、JFKロッキングチェアー、これは家のリビングにあったら一日、これに座ってゆらゆらとしていたくなること必定。いつか我が家にもこれを備えたJFKルームを作りたい。

カタログについては、JFKライブラリのミュージィアムストアのページをご覧下さい。
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by Kennedy-Society | 2006-05-05 19:55 | JFKライブラリー

ジョン・ケネス・ガルブレイス

米国を代表する経済学者で、『不確実性の時代』や『ゆたかな社会』などの著作で知られ、ケネディ政権では駐インド大使(1961~1963)をつとめたハーバード大学名誉教授ジョン・ケネス・ガルブレイスが、2006年4月29日夜、マサチューセッツ州ケンブリッジの病院で老衰のため死去した。享年97歳。

ジョン・ケネス・ガルブレイスは、1908年10月、カナダ・オンタリオ州に生まれ、米国カルフォルニア大学卒業後、1937年に米国籍を取得。プリンストン大学助教授や、雑誌「フォーチュン」編集委員などを経て、1949年から1975年までハーバード大学教授をつとめた。

ケネディ関連の著作としては、下記のような本がある。

J・K・ガルブレイス著 西野照太郎訳 『大使の日記 ケネディ時代に関する私的記録』 河出書房新社 1973年3月30日 624頁

J・K・ガルブレイス著 谷村 武訳 『ガルブレイスのケネディを支えた手紙』 TBSブリタニカ 1999年11月9日 293頁

J・K・ガルブレイス著 橋本 恵訳 『20世紀を創った人たち ガルブレイス回顧録』 TBSブリタニカ 1999年11月9日 252頁
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by Kennedy-Society | 2006-05-02 17:59 | ガルブレイス