カテゴリ:JFKジュニア |
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ユーチューブに、米国の朝の番組におけるジョン・F・ケネディ・ジュニア関連放送がアップされています。 前者は、CBSで2分3秒。後者は、NBCで4分46秒です。 |
ジョン・F・ケネディ・ジュニア夫妻と義姉が、ジュニア自らが操縦する小型飛行機パイパー・サラトガで、いとこのローリー・ケネディの結婚式に出席するためハイアニスに向かう途中、マーサーズビニヤード島沖に墜落し、3人とも亡くなってから今日でちょうど10年。 夏になるといつもその日のことを思い出します。 1999年7月16日(日本時間7月17日)。 たしか夜のニュース番組の終わりごろに「ケネディジュニア氏の乗った飛行機行方不明」という一報でした。それからはもうテレビにかじりついて過ごしました。当時、まだ我が家にパソコンはなく、NHKの衛星放送が頼りでした。 JFKジュニアの大ファンだった中尊寺ゆつこさんは、その夜、徹夜でパソコンで情報を収集されていたそうです。 7月21日、3人の遺体発見。 7月22日、マーサーズビニヤード沖の駆逐艦ブリスコ上で水葬。 7月23日、NYの聖トマス・モア教会で追悼ミサ。 そのミサでのエドワード・ケネディ上院議員の弔辞の一部です。 「ジョンは、私たちが昔からいだいているイメージよりずっと大きな存在だった。少年は人生を愛し冒険を好む一人前の男に成長した。伝説の一部に生まれた者として、それを守り、それとともに生きるすべを学んだ。立場はわきまえていたが、自分が何ができ、何をすべきかにこだわった。虚飾が度を過ぎれば、そのこっけさを笑うこともできた。 ジョンはニューヨークの街を地下鉄や自転車で動き回るのを好んだ。 いつも自分から名乗り、優遇されるのが当たり前といったそぶりは決して見せなかった。 彼の人生は始まったばかりで、輝かしい未来が約束されていた。アイルランドの言い方を用いれば、ジョンは愛するキャロリンのそばで白髪をすくまで生きるはずだと信じていた。だが父親と同じように、彼はすべてを与えられていたが、ただ人生の長さだけは与えられていなかった。 私たちは彼を生まれたときから愛し、立派な男となった彼を見守ってきた。そして今、彼に別れを告げるときがきた。」 1999年7月16日、ニューイングランドのつかぬまの夏のように、ジョン・F・ケネディ・ジュニアはその短い人生を閉じた。 ![]() ![]() ![]() |
JFKジュニアが愛したNYトライベッカのカフェ Bubby's JFKジュニアがよく朝ごはんを食べたり、テイクアウトを持ち帰ったカフェで、飛行機事故で亡くなる数日前も松葉杖をついて姿を見せたそうです。 そのカフェ Bubby's が、横浜開港150年記念イヴェントの一つ「横浜.神奈川デスティネーションキャンペーン」の一環で、2年間の期限付きで6月1日、横浜のJR桜木町駅にオープンしました。 Bubby’s 横浜 よろしかったら、ぜひお出かけになってみてください。 ******************************** トライベッカのバビーズ もともと倉庫街だったトライベッカ。 今では有名レストランやカフェが点在する人気エリアとなっています。 時代が変わっても、バビーズは創業当時のまま。 誰もがほっとできる心の故郷で味わうパイは、世界のセレブにも人気です。 Bubby’s Story Tribeca <バビーズを愛する有名人たち> Justin Timberlake, Robert DeNiro, Jon Stewart, Jessica Alba, Julia Roberts, Billy Crystal, Harvey Keitel, Pink, Leonardo Dicaprio, Heath Ledger, Mike Myers, Sheryl Crow, The Edge, Steven Spielberg, Kate Hudson, Brad Pitt, Gwyneth Paltrow, Jude Law, John Kennedy Jr., Isabella Rossellini, Spalding Gray, Hillary Clinton ******************************** *情報提供は石井孝弘様。ありがとうございました。 石井様は、 New York University 出身で、住まいはJFKジュニアが住んでいた North Moore St. より6ブロック南の同じトライベッカ地区だったそうで、「留学期間中、JFKジュニアを一度だけ見かけたことがありますが、とにかく背が高く、スーツの着こなし方がハンパなく格好よかったのを昨日の事の様に覚えています。」とのことでした。生でJFKジュニアを見かけたというのは本当にうらやましいです!JFKジュニアの熱狂的ファンだった故中尊寺ゆつこさんがその話を聞いたら、JFKジュニアが編集長をつとめていた「GEORGE」という雑誌に漫画の掲載を申し込む、という名目でJFKジュニアに会おうと考えていたくらい、JFKジュニアが大好きだった中尊寺さんですから、きっと「ええ~いいなあ」とさらにうらやましがったと思います。 *これまで、ケネディの会の集まりは、吉祥寺にあるニューヨークピザのお店「トニーズ」(マスターがケネディファンのお店です)で開くことが多かったのですが、これからはこの「バビーズ横浜」で開くのもいいいかもしれません。 *まだ桜木町の「バビーズ横浜」へは行っていませんので、画像はアメリカの バビーズの店内外風景です。 ![]() ![]() |
ジョン・F・ケネディ・ジュニア。 1960年11月25日誕生~1999年7月16日事故死。 生きていれば、今日は47歳の誕生日。 きっと今頃は、NY選出の上院議員として活躍していた(はず)。 ジュニアがニューヨークの街をマウンテンバイクで走る写真や、セントラルパークで愛犬と遊んでいる写真などを見ると、ジュニアにはニューヨークがよく似合う、というか、ジュニア自身がニューヨークの風景の一部となっているようで、生きていれば(何度この言葉を書いたことか)、Senator Kennedy がその風景に新しいページを付け加えていただろうと、今でも亡くなったことが本当に残念で、残念でならない。 ![]() |
写真家のジョー・オドンネル氏が、8月9日、米国テネシー州ナッシュビルで亡くなりました。享年85歳。 被爆直後の広島、長崎の写真で有名な写真家であり、Harry Truman, Dwight D. Eisenhower, John F. Kennedy, Lyndon Johnson, Richard Nixon の5人の歴代大統領の写真家も務めていました。 関連記事: The Tennessean Los Angeles Times ![]() ![]() |
ジョン・F・ケネディ・ジュニア夫妻と義姉が、ジュニア自らが操縦する小型飛行機でいとこのローリー・ケネディの結婚式に出席するためハイアニスに向かう途中、マーサーズビニヤード島沖に墜落し、3人とも亡くなってから8年。 夏になるといつもその日のことを思い出します。 7月16日(日本時間7月17日)。 たしか夜のニュース番組の終わりごろに「ケネディジュニア氏の乗った飛行機行方不明」という一報でした。それからはもうテレビにかじりついて過ごしました。当時、まだパソコンはなく、NHKの衛星放送が頼りでした。ジュニアのファンだった中尊寺ゆつこさんは、その夜、徹夜でパソコンで情報を収集されていたそうです。 7月21日、3人の遺体発見。 7月22日、マーサーズビニヤード沖の駆逐艦ブリスコ上で水葬。 7月23日、NYの聖トマス・モア教会で追悼ミサ。 そのミサでのエドワード・ケネディ上院議員の弔辞の一部です。 「ジョンは、私たちが昔からいだいているイメージよりずっと大きな存在だった。少年は人生を愛し冒険を好む一人前の男に成長した。伝説の一部に生まれた者として、それを守り、それとともに生きるすべを学んだ。 立場はわきまえていたが、自分が何ができ、何をすべきかにこだわった。虚飾が度を過ぎれば、そのこっけさを笑うこともできた。 ジョンはニューヨークの街を地下鉄や自転車で動き回るのを好んだ。いつも自分から名乗り、優遇されるのが当たり前といったそぶりは決して見せなかった。 彼の人生は始まったばかりで、輝かしい未来が約束されていた。アイルランドの言い方を用いれば、ジョンは愛するキャロリンのそばで白髪をすくまで生きるはずだと信じていた。だが父親と同じように、彼はすべてを与えられていたが、ただ人生の長さだけは与えられていなかった。 私たちは彼を生まれたときから愛し、立派な男となった彼を見守ってきた。そして今、彼に別れを告げるときがきた。」 1999年7月16日、ニューイングランドのつかぬまの夏のように、ジョン・F・ケネディ・ジュニアはその短い人生を閉じた。 当時の追悼雑誌はこちらでご覧下さい。 「MySpace:JFK」 (最初のアクセスで文字化けがよく起こりますので、その場合は更新ボタンをクリックしてください。文字化けが解消されます) ![]() |
空母ジョン・F・ケネディの写真でケネディ・ジュニアを見て、久しぶりにユーチューブでケネディ・ジュニアの動画を検索したら、増えていました! いやあ、何度見ても、いい男ですね。 ホワイトハウスでケネディ大統領と遊んでいた子どもの頃は天真爛漫で、こんな可愛い子どもがいるのかとジュニアの映像や写真を見るたびに思いましたが、成長するにつれて、全米で最もセクシィな独身男性に選ばれるほどの現代でいう「イケメン」になり、あの飛行機事故で亡くなる前は、40歳を目前に少し渋みも出てきて、さあこれからだ~と期待していたのですが・・・。 「JOHN F. KENNEDY JR. & BARBARA WALTERS」 「BMW, JFK, Jr., Extra. AutoNetwork.」 「Home video of John F. Kennedy Jr.」 「Tribute to JFK JR.」 「A Tribute to John F. Kennedy Jr.」 *画像は、1993年10月30日、ボストンにあるJFKライブラリーがリニュアールオープンしたその記念式典で、クリントン大統領、ジャクリーン・ケネディ、エドワード・ケネディ上院議員、エセル夫人、キャロライン・ケネディ、ケネディ・ジュニア。 ![]() |
You Tube で見れるケネディ・ジュニアの動画です。 (1) ジョン・F・ケネディ・ジュニア ニューヨーク、1997年ごろに撮影と思われます。1分25秒。 観光の記念写真を撮ろうとしている女性観光客(日本人?)の邪魔にならないように立ち止まって、ちょっとうろうろしている(笑)ジュニアの姿がいいですね。 隣りを一緒に歩いているのは、ひょっとしてロバート家のマックス・ケネディ、それともダグラス・ケネディ???・・・・似ているような、似ていないような・・・・ええっと確認してからお知らせします。 (2) ジョン・F・ケネディ・ジュニア ワシントンのアーリントン墓地での、母のジャクリーン・ケネディの埋葬の儀式。 1994年5月23日。9分34秒。 真ん中あたりに、姉のキャロライン・ケネディと並んでいます。姉弟の右はジャッキーの晩年の伴侶であったモーリス・テンプルズマン、左はエドワード・ケネディ上院議員夫妻。 ビデオの最後のところで、姉に続いて母の棺に別れを告げ、さらに父のケネディ大統領の墓石に手を触れるとき、危うく転げそうになっているところがジュニアらしいです。 *画像は、ジュニアの友人が出版した新刊です。 『Forever Young: My Friendship with John F. Kennedy, Jr.』 (ハードカバー) William Sylvester Noonan (著), Robert Huber (著) Viking Pr 2006年9月11日発行 詳しくはamazonをご覧下さい。 ![]() |
「John F.Kennedy Jr.: A Life in Pictures」が今日届いた。 大きな本である。26×30cm位。しかもかなり重い。 5~14頁が説明。あとの16~243頁はすべて写真。しかも一枚一枚の写真がかなり大きい。 これまで見たことがある写真がほとんどであるが、初めて見るジュニアの写真も何枚かあった。 母ジャッキーに抱かれた1960年12月8日洗礼直後の写真から、キャロリン・ビセットとの結婚式直前の1996年9月12日NYでのスーツ姿のジュニアまで、ジュニアファンにはたまらない1冊である。 ジュニアの熱狂的ファンであった中尊寺ゆつこさんも真っ先に買ったであろう素敵な写真集であるが、見れば見るほど悲しくなってくる。何であの若さで大西洋に消えてしまうんだ・・・・とジュニアに怒ってみたところで、もう彼はかえってこない。 ジャッキーが生きていれば、飛行機の免許など決してとらせなかったであろうに・・・。本当に今でも残念で、残念でしかたがない。 ![]() |
今日はジョン・F・ケネディ・ジュニアの命日(アメリカ時間1999年7月16日)。 父の生きた年齢までも生きることができなかったジュニア。享年38歳。 ホワイトハウスでの天真爛漫なジュニア、青年時代の今で言う「イケメン」ジュニア、そして40歳を迎えようとして少し渋くなってきていたジュニア、今でもその死が本当に残念でならない。 ジュニアがマーサーズビニヤード島沖に墜落して、ニューイングランドのつかぬまの夏のようにその短い生涯を閉じた時、共同通信社ワシントン特派員としてケネディ大統領を上院議員時代から取材してきた仲晃桜美林大学名誉教授からいただいた手紙にも、 「ジュニアの事故死は残念でいう言葉もありません。この人物だけは長生きして欲しかったと思うこと痛切です」 とあった。仲教授と同じく、ジュニアを赤ん坊のころから知っているアメリカ国民もまたわが息子をなくしたような喪失感に襲われたように思われる。まさにジュニアの死は「AMERICA'S SON」の死であったのではないだろうか。 ジュニアの熱狂的なファンであった漫画家の中尊寺ゆつこさんも、今年1月に亡くなってしまった。その中尊寺さんのジュニア追悼の漫画と記事をリンクして、ジュニアの冥福を祈りたいと思う。 ![]() |
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