カテゴリ:パトリック・ケネディ |
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パトリック・ケネディ前下院議員の結婚式が、7月15日、ハイアニスのケネディ・コンパウンドで行われました。 左から、義母ヴィッキー・ケネディ、パトリック・ケネディ、新婦のAmy Petitgout、母ジョーン・ケネディ。 ![]() ![]() ![]() |
パトリック・ケネディ前下院議員(43歳)が、3月に婚約しました。 お相手は、ニュージャージーの学校の先生(公立学校の6学年担当) Amy Petitgout さんです。Amy Petitgout さんは再婚で、3歳の娘さんがいます。 すでにニュージャージーで Amy Petitgout さんと同居していますが、ロードアイランド州ポーツマスの自宅もそのままで、結婚式の日取りは未定だそうです。 ようやく生涯の伴侶を見つけたパトリックに心からのお祝いを~と思います。 おめでとう、パトリック、幸せに~ ![]() |
歴史的な米国医療保険制度改革法案が、下院で可決された8時間後、アーリントン墓地にあるエドワード・ケネディ上院議員のお墓に「父さん、未完の仕事が達成されました」というパトリック・ケネディ下院議員のメモが置かれたそうです。 このメモは、下院で使われている紙に青いインクで書かれたもので、2010年3月22日午前7時50分、という記載があり、お墓にはピンクの花が咲いた椿が1輪、添えられていました。 ![]() |
「Rhode Island MONTHLY」という雑誌に、パトリック・ケネディ下院議員のインタビュー記事が掲載されています。 His Father's Son テッド・ケネディの末っ子として、パトリック・ケネディは政治的王朝の後継者とみられてきました。しかし、父が亡くなって6か月後、彼が下院の再選不出馬をきめた分岐点となったのは何であるかについてこのインタビューの中で明らかにしています。 以下、こちらのサイトで、その記事を読めます(英語)。パトリックの写真をクリックしてください。1~3頁分あります。 「Rhode Island MONTHLY」 |
こちらはロードアイランド州の地元TV局のパトリック・ケネディ下院議員の不出馬を伝えるニュース番組です。 |
パトリック・ケネディ下院議員、再選不出馬を表明というニュースが昨日から全米で流れていて、また日本でも各新聞がそのニュースを報じています。 P・ケネディ氏、米中間選挙に不出馬表明(読売新聞) 米国:パトリック氏不出馬表明 議会からケネディ家消える(毎日新聞) 最後の「ケネディ」引退へ 米政界名門の60年に幕(東京新聞) ケネディ大統領が下院議員に当選した1946年以来、60年以上も連邦議会で存在感を発揮し続けたケネディ家の名前がこれで消えることになり、寂しい気がします。 パトリック・ケネディ下院議員は、11月の中間選挙では出馬すれば当選が有力視されていましたが、今回、突然の引退表明となりました。引退の理由については明らかにしていませんが、ロードアイランド州の民主党の有力な支援者で、ケネディ下院議員の支援者でもある Mark Weiner 氏はこの引退の決定についてケネディ下院議員と話し合ったとき、父のエドワード・ケネディ上院議員が昨年8月に死亡したことがケネディ下院議員の引退の決定に大きな影響を与えたのではないかと感じた、と次のように述べました。 「毎日、起きて、パートナーがいない場所へ仕事に行くのはつらいことで、彼(ケネディ下院議員)は父の死後、傷心の日々を過ごしてきたのだと思う」 パトリック・ケネディ下院議員は、1988年、プロヴィデンス大学在学中の21歳のとき、ロードアイランド州議会の下院議員に当選、さらに1994年、連邦下院議員に当選。20代前半から42歳の今日まで20年間ずっと公職についてきた生活で、個人的な時間や生活を楽しむことも十分にできず(今でも独身です)、 また、頼りにしてきた父エドワード・ケネディ上院議員の死が彼にとっては想像以上に大きな出来事であったらしく、今回の政界引退の引き金のひとつになったようです。 ![]() |
パトリック・ケネディ下院議員が、12日(金)、今年の秋に行われる下院議員選挙への不出馬を発表しました。 パトリック・ケネディ下院議員は、今年の秋に行われる下院議員選挙への不出馬を決めたというビデオメッセージを発表しましたが、そのビデオメッセージの中で、父のエドワード・ケネディ上院議員の死後、自分の人生は新しい方向へ向かい始めた、と述べています。 詳しい情報はまたのちほどアップしますが、とり急ぎそのビデオメッセージをアップします。 |
パトリック・ケネディ下院議員の選挙速報は下記のサイトでご覧下さい。 (Houseをクリック→RIすなわちRhode Islandをクリック→District 1) 2008年米国選挙速報 *現時点(11月5日午前12時12分)では、パトリック・ケネディ下院議員が圧倒的に優勢です。 開票率11% パトリック・ケネディ(民主党) 65・3% 1万6435票 ジョナサン・スコット(共和党) 26・7% 6725票 *パトリック・ケネディ下院議員の再選が決まりました(11月5日午後2時50分)。 開票率96% パトリック・ケネディ(民主党) 69・2% 12万8269票 ジョナサン・スコット(共和党) 23・6% 4万3752票 Kennedy wins 8th term in Congress ![]() |
パトリック・ケネディ下院議員は、6月13日、ワシントンの裁判所において、処方薬の影響の下で車を運転して事故を起こした罪を認め、裁判所の命じる治療を受けることと1年間の保護観察処分の判決が下された(APニュース)。 間違いは誰にもあるもの。その間違いに対してどのように対処するかで、その人間の評価も定まると思うので、パトリック・ケネディ下院議員が今回素直に罪を認め、新しく生まれ変わって与えられた仕事に全力を尽くすことになったのは、うれしい。 パトリック・ケネディ下院議員は若くして公職に就き、ケネディファミリーの一員としてこれまでさまざまなプレッシャーもあったと思うが、今回の事件を教訓に、一人の人間としても恥ずかしくない生き方を目指して欲しいと思う。 ![]() |
パトリック・ケネディ下院議員(ロードアイランド州選出)は、5月5日、ワシントンの連邦議会で記者会見を行い、4日未明の交通事故(自ら運転する車が、連邦議会近くの防護柵に衝突。けが人はなく、また本人もけがはなかった)における自らの状態を「事故当時の記憶がなく、そのような自分に深い懸念を覚える」状態であったとして、ミネソタ州の専門クリニックMayo Clinic で、薬物依存の再治療を受けると発表した。 パトリック・ケネディ下院議員は「若い頃からうつ病と薬物依存症と闘ってきた」ことを明らかにし、去年のクリスマス時に、上記の専門クリニックで治療を受け、一定の効果をあげていたことも告白した。 今回の交通事故の前に、睡眠薬と吐き気を抑える薬を飲んだことをパトリック・ケネディ下院議員は認めており、その影響で「連邦議会近くの路上の反対車線を無灯火で走行、防護柵にぶつかった」(警察発表)ものと思われるが、それにしても後から振り返って記憶がないという危険な状態で車を運転したにもかかわらず、人を傷つけず、かつまたよくぞパトリック・ケネディ下院議員自身、無事であったと思う。 パトリック・ケネディは21歳、プロビデンス大学2年生の時、ロードアイランド州下院議員に当選。3期つとめた後、27歳でロードアイランド州選出連邦下院議員に当選。 以来、6期連続連邦下院議員に当選して、民主党の重要な役職も経験。父のエドワード・ケネディ上院議員から2006年の上院議員選挙に出馬するようにすすめられたが固辞して、今までと同じ連邦下院議員での再選を目指していた。 パトリック・ケネディの伝記『PATRICK KENNEDY :THE RISE TO POWER』(画像はその表紙)を著したブラウン大学のDarrell West教授の言うように「ケネディ家の一員であることは両刃の剣である。他の人が持っていない多くのチャンスを与えられているが、同時に、常に大衆の視線にさらされて生きていかなければならず、それは若い世代にはとても大変なことである」、つまり、ケネディ家の一員であることのプレッシャー。そのプレッシャーから逃れるために、ケネディ家の若い世代のある者は酒に溺れ、ある者は薬に逃避し、数々のスキャンダルをこれまで引き起こしてきたのだろうと思う。 今回の事故後、パトリック・ケネディは記者から「下院議員を辞職する気はあるのか」と尋ねられ「辞職する気はありません」と明確に否定。しばらくは治療に専念するそうであるが、まだ38歳。あわてることなく、この機会にぜひ徹底的に治療して再出発して欲しいと思う。 ![]() |
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