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ケネディ大統領、ケネディファミリー及びその周辺についてのケネディマニア日記です。
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カテゴリ:ヒュー・サイディ( 1 )

ヒュー・サイディ

ヒュー・サイディが11月21日に亡くなった。享年78歳。

ヒュー・サイディは、アイオワ州グリーンフィールド生まれで、タイム誌のホワイトハウス担当や、ワシントン支局長を歴任。1966年から1996年まで、歴代の米大統領について書いたタイム誌のコラムで有名である。

1958年、ケネディが上院議員のときに初めて会って以来、サイディはつきっきりでケネディとケネディファミリーの取材を続けた。ケネディが大統領になってからは、「ケネディの生活を私も生活した」というくらい、いつもケネディ大統領について回っていた。
外国元首訪問の旅にも、ハイアニスポートの邸にも、パームビーチの静養先にも、議会にも、ケネディ大統領の行く先にはサイディの姿があった。

そして運命の1963年11月22日、ダラス。サイディはもちろんケネディ大統領に随行してダラスに行っていた。以下、彼がその日を書いた文章を紹介して、ヒュー・サイディのご冥福をお祈りしたい。


『この日、私が持っていた手帳には、「メーン・ストリート・・・・・オートバイ護衛隊」などど、ダラスの街路をうずめた厚い歓迎の人垣についての走り書きの後、少し空白を残して次のページには、「三重交叉・・・・・ガード下へ・・・・・銃撃―位置・・・・・ケネディ、頭部・・・・・コナリー、胸部・・・・・護衛官すぐにジョンソンを囲む・・・・・ジャクリーン―大統領、くずれ折れる・・・・・」と書きなぐってある。
あの日の午後私は、ワシントンへの機上で記事を書こうとあせりながら、一時間以上も気持ちを落ち着けることができなかった。ケネディ大統領に随行して、ベルリンや、ウィーンや、パリやニューヨーク、シカゴその他無数の国内の都市をいっしょに歩いた記者たちにとって、このような悲痛な記事を最後に彼の取材を終わらなければならないことが、何としても信じられなかったのだ。一億数千万人のアメリカ人同様、私もまたこの突発事件の極悪さから目をおおいたかった。
これから先、いったいどうなるのだろう?アメリカはいったいどこへ行くのだろう?ジャクリーン夫人は、キャロライン嬢やジョン君は、そして弟のロバートやエセル夫人はどうなるのだろう?ケネディにあれほど献身していたケニー・オドンネルは、テッド・ソレンセンは、ラリー・オブライエンは、ラルフ・ダンガンは、デーブ・パワーズその他の人々は、いったい、どうするのだろう?
六年という歳月を、事実上彼とともに生きてきた私は、今、突然、自分の兄弟のことよりも、この米国第34代大統領の日常生活の習慣や癖をずっとよく知っており、自分の家系についてよりも、彼の家系についてのほうが、ずっと詳しくなっている自分に気がついた。
(中略)
恐ろしい出来事になれっこになっている記者たちはめったなことには驚かない、とよく言われるが、あの日のショックを忘れられる者はいないだろう。』
(ヒュー・サイディ著、鷺村達也・佐藤亮一訳『悲劇の大統領 大統領ケネディ伝』荒地出版社刊、1964年7月30日)


(注)ヒュー・サイディは、グローバー・クリーブランドが、連続してでなく、二度大統領をつとめたことから「ケネディ政権は第35代目の政権であるが、大統領としては34代目だと思っている」ということで、上記のように第34代大統領と記している。
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by Kennedy-Society | 2005-11-24 22:35 | ヒュー・サイディ