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ケネディ大統領、ケネディファミリー及びその周辺についてのケネディマニア日記です。
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カテゴリ:松山幸雄( 5 )

松山幸雄『国際派一代 あるリベラリストの回顧、反省と苦言』

松山幸雄著
『国際派一代 あるリベラリストの回顧、反省と苦言』
創英社/三省堂書店発行・発売
2013年7月25日初版
335頁
1800円+税


ケネディの会会報「KENNEDY」に寄稿していただいたり、貴重なケネディ文献・資料を寄贈していただいた松山幸雄元朝日新聞論説主幹の最新刊。

「第三章 ワシントン特派員時代」にケネディ関連の文章が収載されています。

6 「ケネディ、一般教書で日本に言及ー軍事的重要性高まる」(pp92~94)
8 「『ケネディ暗殺』で歴史が曲げられたー『陰謀』があったに違いない」
(pp96~98)
9 「キューバ危機の緊張感ー素晴らしかった『平和の戦略』演説」
(pp98~100)

なお、ケネディの会に寄贈していただいたケネディ暗殺の翌朝、ダラスのホテルで買ったという1963年11月23日の地元紙「ダラス・モーニングニュース」の一面記事の写真が97頁に掲載されています。

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by Kennedy-Society | 2013-08-15 20:07 | 松山幸雄

松山幸雄著『鳩山から鳩山へ』を読んで

松山幸雄著
『鳩山から鳩山へ 歴史に学び、未来を診る』
朝日新聞出版 2009年12月30日 238頁 1800円+税


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********************************

「われわれに国を愛させようというならば、われわれの国が魅力的になることが先決だ」
(イギリス保守主義の父エドマンド・バーグ)

「国際政治は、国家と国家、体制と体制とのせめぎあいの場だ。しかし最後は、個人の信念と決意、知性がこの世界を変えていくのだ」
(イスラエル首相イツハク・ラビン)

「賢い為政者に恵まれない時代の国民の不幸については、いくら嘆いても嘆きすぎにはならない」
(竹西寛子)

「明日は明日はといってみたところで・・・・・・過去こそ真(まこと)だ」
(島崎藤村『夜明け前』の主人公、青山半蔵の言葉)

「偉大な人物とは、道徳的な問題とか関係なく、国民や人類の針路にプラスの影響を与えたどうかで判断すべきだ」(米国務長官ヘンリー・キッシンジャー)

「イデオロギーは救世主にならない。私の外交戦略では、各国外相との個人的接触による信頼関係、友好関係を築くことに努力した」
(ソ連外相エドゥアルド・シェワルナゼ)

「歴史を持っている動物は人間だけです」
(司馬遼太郎)

これらの7つの言葉は、各章の最初に掲げられている言葉である。
それらはまさに政治的指導者が肝に命じるべき言葉であるが、本書の第四章「私の見てきた日本の首相」、第五章「私の見てきた米国大統領」を読むと、いかにこれらの言葉とはかけ離れていて、本来、指導者になるべきではない人物が国の最高指導者になってきたかが、よくわかる。

とりわけ、それは日本でその傾向が強い。その代表的例は、森喜朗首相。

小渕首相が在任中に緊急入院した直後、ホテルの密室で森幹事長、野中幹事長代理、青木官房長官、亀井政調会長、村上参議院議員会長のいわゆる「五人組」が集まって「森喜朗首相」を決めたのであるが、この森首相のレベルの低さはただごとではなく、のちの米国第43代大統領ジョージ・ブッシュもかくあらんというくらいのその政治的資質の低さに驚いた当時のマスコミにも、

「鮫並みの脳みそ」

「この人でつとまる国の情けなさ」

「ABM(Anyone but Mori.)=森以外ならだれでも」

と、おいおいそこまで言うか~と言いたい放題言われた首相であるが、著者によれば
「長年党務を忠実にこなしていれば、見識、国民的人気など関係なく総理になる機会が訪れることがある、という好例として語り継がれるだろう」(P134)
というトンデモナイ首相であった。

その森首相が、首相を辞任したあともなお、森派の親分として党内ににらみを利かせてきたのだから、さらに始末が悪い。今年の総選挙で、民主党の女性候補にあと一歩まで追いつめられながらもかろうじて当選したのは、かえすがえすも残念であった。

というように、なんでこの人物が国の最高指導者に~という話は枚挙にいとまがないくらいであり、それを読むだけでも本書は面白いのであるが、ケネディファンとしては、著者が直接接したケネディ大統領、ロバート・ケネディ司法長官についてのエピソードが、日本の政治家たちとの対比として印象に残るのである。

気さく
「ロバート・ケネディ司法長官のワシントン郊外の私邸に日本人記者が招かれたことがある。珍しく舗装されていない道で、われわれの車の一つがぬかるみに突っ込んで動けなくなった。われわれが数人がかりで押していたら、後ろから来た司法長官が車を降り、ワイシャツを腕まくりして助けてくれた。あの気さくさと笑顔はいまでも忘れられない」(P62)

ケネディ- 明るく強力なリーダー
「私が着任したのが1961年9月、少し遅れてワシントンにやってきた新任の武内龍次駐米大使がホワイトハウスで信任状を捧呈するというのでついてい
ったら、そのまま大統領執務室に入れてくれた。
どやどやと入ってきたわれわれにケネディが目を丸くし「彼らは大使館員ですか?」と武内大使に聞いた。大使が「いや、新聞のワシントン駐在特派員で、彼らは昼も夜も私の行動を監視しているのです。これがここでの私の最大の頭痛の種です」と冗談を言うと破顔一笑、「それは結構。民主国家としてとても健全な傾向ではないですか」-その明るく、気さくなのは、たいへん快い驚きであった」(P153~154)

このように「知的であって、同時に、気さく」。
これが著者の求める指導者像であると思うが、その意味で現代にあって理想的な国際派指導者としては、シュミット元西ドイツ首相であるそうで、

「国際感覚、流暢な英語、長年修羅場を経て身につけた風格、顔の広さ、経済学、文学、音楽の教養も豊か、それでいてもったいぶらない気さくさ」(P233)

を兼ね備えた彼こそは、現代における理想的な国際派指導者であるという。
なるほど、知的であって、同時に気さくである、という条件にぴったりの人物であるが、さて、ひるがえって日本にそのような国際派指導者がこれから生まれるかどうか・・・・・。


*画像は、ボストン郊外ブルックラインにあるジョン・F・ケネディ生誕記念館

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by kennedy-society | 2009-12-15 22:59 | 松山幸雄

松山幸雄著『鳩山から鳩山へ  歴史に学び、未来を診る』

ケネディの会の会報「KENNEDY」に

「なぜケネディがなつかしいか」(第10号、1996年9月12日発行、巻頭文)

を寄稿していただいた松山幸雄先生(元朝日新聞論説主幹)が、12月4日、

『鳩山から鳩山へ  歴史に学び、未来を診る』
(朝日新聞出版、240頁、1890円)


を刊行されました。後日、感想文をアップしますが、とり急ぎお知らせまで。
(松山先生から、ケネディの会に本書を寄贈していただきました。厚く御礼申し上げます)

Amazon はこちらです↓
Amazon 『鳩山から鳩山へ 歴史に学び、未来を診る』

【内容紹介】
半世紀前、新米記者の私は鳩山首相の官邸番になった。そして20年前、由紀夫氏に「あなたが総理になったら『鳩山から鳩山へ』という本を書きますからね」と言ったら、彼は「いつのことになりますか」と笑いながらも「とんでもない」という顔はしなかった――。祖父一郎から孫由起夫まで、ケネディからオバマまで、政治と外交を日米双方から取材・ウオッチしてきた元朝日新聞論説主幹による辛口政治評論。 (Amazonより)

********************************
(1)
本ブログでの松山幸雄先生の記事:

「哲学を持ったリーダー」(2007年4月22日)

「松山幸雄 オーラルヒストリー」(2005年7月28日)

(2)
松山幸雄著『自由と節度 ジャーナリストの見てきたアメリカと日本』
朝日新聞社 2001年12月12日 289頁 2100円 についての私の書評:

『ゴン太の猛読日記』

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by kennedy-society | 2009-12-04 23:36 | 松山幸雄

哲学を持ったリーダー

松山幸雄元朝日新聞論説主幹から、「久しぶりにケネディについて書きました」と小冊子を送っていただいた。

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所
「xchnage per forma」 winter 2007 vol.112
(2007年1月15日発行)

その一部を紹介します。

         *****************

【哲学を持ったリーダー】

私が政治外交記者としてじかにカバーした政治家の中で、生きている時から心服し、そしていまだに「もっと権力の座についていてほしかったなあ」と残念でならない人物が二人いる。

一人は石橋湛山首相、もう一人はJ・F・ケネディ米大統領である。両者に共通しているのは、豊かな教養、リベラルな哲学、毅然としたリーダーシップの持ち主、ということで、もしもこの二人がもう少し政界のトップに君臨していたら、日米の政治はそれぞれ随分と違ったコースを辿ったに違いないと思う。

私はたまたま“番記者”として、石橋首相が風邪を引き、わずかに3ヶ月で辞任するきっかけとなった早稲田大学の祝賀会(吹きさらしの庭園で、外套をぬいで立っていた)に居合わせた目撃証人である。

またケネディ大統領が暗殺された当日、テキサス州ダラスの現場から原稿を吹き込んだ唯一の日本人記者である。それだけに、神様は何と残酷なことをするのか、といまだに恨みがましい気持ちを拭いきれないでいる。

(中略)

ケネディ大統領も在任二年余と短かったが、それでもキューバ危機のさい示したリーダーシップは、米国政治史に燦然と輝いている。ソ連がキューバにミサイルの発射台を設置しようとしている、との情報をつかむや、断固撤去を要求し、一方で爆撃をしたがる軍部を抑え、方や友好国の支持をとりつけ、国民に対しては結束を呼びかける名演説を行い―その颯爽とした指導者ぶりは、いまだに私の目に焼きついている。

私にはとくに、キューバ危機を乗り切った後、平和共存の必要を訴えた「平和の戦略」演説の格調の高さが忘れられない。「歴史はわれわれに、国家間の敵意は、個人間と同様、永遠に続くものでないことを示している。わが好むもの、好まぬものが、いかに固定しているように見えようとも、時と事態の推移とは、国家間にも隣人間にも驚くべき変化をもたらすものである。されば忍耐心を以て事に臨もうではないか」―ベルリンの壁の崩れたいま読み返すと、改めてその卓越した見識に敬服せざるを得ない。

日米とも、哲学的思考、リーダーシップという点で、石橋湛山、ケネディを凌ぐ政治家が出ていない―というのが、老ジャーナリストの嘆きである。


*「xchnage per forma」のバックナンバーをご希望の方は、メールにてperforma
までお問い合わせ下さい。


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by kennedy-society | 2007-04-22 11:16 | 松山幸雄

『松山幸雄 オーラルヒストリー』

先日、松山幸雄共立女子大学名誉教授から『C.E.O.オーラル・政策研究プロジェクト 松山幸雄 オーラルヒストリー 元朝日新聞論説主幹』(政策研究大学院大学発行)のP1~29をまとめた小冊子と、ケネディ関連部分の抜き刷りを送っていただいた。

松山先生は、1961年に朝日新聞アメリカ特派員として、ワシントンに在勤されたのを初めとして、1971年にはニューヨーク支局長、1974年にはアメリカ総局長を勤められ、帰国後は論説委員兼編集委員、論説主幹等の要職を歴任されたジャーナリストであり、日米関係に関する著作も多い。

このオーラルヒストリーは、日本とアメリカを100回近く往復された松山先生ならではの、大変貴重な記録となっているが、ケネディ大統領の名前が特によく出てくるのは「第三章 ワシントン特派員時代」である。

「上院外交委員会の雰囲気に感銘―大統領会見は記者との「対決」」
「ケネディ、一般教書で日本に言及―軍事的重要性高まる」
「「ケネディ暗殺」で歴史が曲げられた―「陰謀」があったに違いない」
「キューバ危機の緊張感―シェルターブーム」
「パナマ紛争と平和部隊―途上国との係わり合い」
「歴史の審判に耐えうるケネディの名演説―共産主義国の内部崩壊を期待」

など、ざっと目次を挙げても、読んでみたい内容ばかりである。
ここで少しその内容を紹介すると、

「石原:ところでワシントン在勤中の最も記憶に残る事件は何ですか。
 松山:一番忘れがたいのは、なんといっても「ケネディ暗殺」です。ワシントン時代というより、一生のうちで、これほどのショックを受けたのは、後にも先にもありません。当日、第一報を聞いて私はすぐにダラスに飛びました。」(P67~68)

「石原:ケネディ暗殺の次の大事件は?
 松山:キューバ危機です。当時は核超大国米ソが、まるでニトログリセリンの箱の上でケンカしてるような感じでした。アインシュタインが「もし第三次世界大戦になったら、第四次世界大戦の武器は石だ」つまり、第三次世界大戦をやったら石器時代に戻るぞと警告するような一触即発の危機が続いていたのです。
    (中略)
ともかくあのとき、国民の圧倒的支持を背景に、はやる軍部を抑え、ソ連との対話の糸を切らずに、見事に乗り切ったケネディの颯爽たるリーダーぶりは、なんともカッコよかった。
    (中略)
ケネディのとくに素晴らしかったのは勝ったあと、決して高ぶらず、ソ連を追い詰めなかったことです。このことは、キューバ危機解決の少し後にアメリカン大学でやった「平和の戦略」という演説によく出ています。」(P68~69)

 「松山:特筆しておかなければならないのは、さっきもちょっと触れましたが、キューバ危機を乗り切ったあとワシントンのアメリカン大学で行った「平和の戦略 Strategy of Peace」という演説です。私は女子大学の大学院で毎年これをテキストとして読ませましたし、私の著作にも何度か引用しましたが、本当にアメリカ史だけでなく、世界の外交史に残る名演説でした。
 「歴史は、国家間の敵意は、個人間と同様、永続するものではないということを教えてくれる。わが好まぬものが、一見いかに固定しているかのように見えようとも、時と事態の推移とは、しばしば国家間にも隣人の間にも驚くべき変化をもたらすものである。われわれは、共産圏の内部に建設的な変化が起こって、現在不可能と思われるようなことが可能になる日を待たなければならない。されば忍耐心をもって事に臨もうではないか―。」
ソ連共産主義が崩壊するなんて、まだ誰も想像しなかった時代ですよ。そのときに「忍耐心をもって共産圏の内部に建設的な変化が起こるのをまとうではないか」
―すごい見識ですね。歴史の審判に耐えうる演説というのは、こういうのをいうのでしょう。」(P73~74)

このようにほんの少し紹介しただけでも、他の部分を読んでみたくなるような本であるが、市販されていないので、大きな図書館等で閲覧するしかないのが本当に残念。多少高くても購入して、ぜひ手元においてじっくり読んでみたいオーラルヒストリーである。
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by Kennedy-Society | 2005-07-28 14:12 | 松山幸雄