ペリカン書房品川力さん |
品川力さんと言っても、古書業界の人や古書蒐集家以外はほとんど知らない名前だと思う。品川力著『本豪落第横丁―古書邂逅(めぐりあい)』(青英舎、1984年)のカバーに紹介されている文が、短いながらも品川さんの姿を見事に浮かび上がらせているので、ここに引用したい。 「太宰治の『ダス・ゲマイネ』の中のペリカンと噂され、織田作之助の友。精微な読書人書誌人であり、無類の自転車愛好家。明治37年1月31日新潟は柏崎の生まれ。時にはかの『アンアン』のモデルであり、麦藁帽子の似合う清冽なダンディズムの人。誰が名付けたか、書物探索の冒険家。その著書には、奥付の後に増補書込6頁もついた『内村鑑三研究文献目録』(明治文献版、後に荒竹出版より増補版)もある。現在は、本郷落第横丁にてペリカン書房を営む」 初めて品川さんを見かけたのは、神田の古書会館であった。 この紹介にあるとおり、ツバの広い帽子をかぶり、扇子を腰のポケットに無造作に突っ込んでいた。その品川さんが、古書展の会場で福田久賀男さん(近代文学研究)と親しげに話していたので、品川さんが場所を移って福田さん1人になってから「今の方は、どなたですか」と尋ねると、「ペリカン書房の品川さんだよ」と教わった。 ただ、教わったといっても、当時、品川さんのことなどまったく知らなかったので、「ふ~ん、お洒落な古書店主だなぁ」と思っただけで、その日はそれで終わった。 しかし、その後、古書会館前の常連が集まる喫茶店「世界」で、何度か品川さんと同席する機会があり、福田さんに正式に紹介していただいて、お付き合いが始まった。 以来、古書展の会場で「これにケネディが載っていますよ」と言って古本を渡されたり、喫茶店で「こんなのもあります」といって、ケネディが載っている珍しい洋雑誌を見せてもらったりしていた。そんなある日、古書展の会場で品川さんから「うちに来ませんか」と誘われて、品川さんのお店に行くことになった。 東大前の大通りから、少し路地を入ったところに「ペリカン書房」があった。お店は小さなお店で、平台が真ん中にあり、壁はすべて本棚になっていて、びっしりと古書で埋まっていた。 品川さんは奥の帳場に案内してくれて、珍しい文献をいろいろと見せてくれた。さらに「これ」と言って一枚のスナップ写真を差し出した。それは品川さんが若い頃、東大構内で撮ってもらったという写真であった。彫りの深い、ちょっと日本人離れしたハンサムな青年がそこにいた。「ハンサムですね」と写真を見た感想を言うと、品川さんはニコニコして「差し上げます」と言った。 こうして2時間ほど、ペリカン書房で品川さんのお話を伺い、貴重な文献を何冊かいただいて、帰宅した。その数日後、宅急便が突然、品川さんから届いた。その中には「カードで分類整理しているそうですから、これをお使い下さい」という手紙とともに、図書館が廃棄した蔵書カードが何百枚も詰まっていた。 そんな品川さんの『本豪落第横丁―古書邂逅(めぐりあい)』は書物探索家として取り扱った本と蒐集家のことを書いたものであるが、そのタイトルにはダンディな品川さんらしいシャレたものが多い。 「本探しは自転車に乗って」 「ほれて通えば千里も一里」 「書物の恋人たち」 「白百合のごとく」 「五月の風をゼリーにして」 もちろん、書誌研究家らしく 「書物に索引を付けない奴は死刑にせよ」 などという過激なものあるのが、それもまた面白い。 本書は、私のような書誌(文献目録)を作成している者にとっては、教わることの多い本であるが、品川さんの言いたいことは次のようなことだと思う。 1 書誌を作成するときは、必ず現物に当たれ。他の文献目録からの孫引きは絶対にやってはいけない。見ていないものは正直に「未見」と記すべし。 2 人名の読み方はとくに難物であるから、ありとあらゆる手段で正しい人名の読み方を把握するべし(注:品川さんのお名前もずっと力(りき)と思っていたら、力(つとむ)だとあとで知り、本当に品川さんの言うとおりだと痛感)。 3 索引はどんなことがあっても必ずつける。索引のついていない書物はその価値が半減する。 4 文献探求の心得は「ほれて通えば千里も一里」&「急がず休まず(ゲーテ)」。 これらの品川さんの言いつけをしっかり守り、文献探索を続けて、いつの日か『日本におけるケネディ書誌(文献目録)』を刊行したいと思う。 ところで、品川さんは何年か前から古書展の会場に姿を見せなくなり、古書仲間でもほとんど品川さんの話はしなくなった。思い切って品川さんに電話をすればいいのだろうが、電話してこちらのことなど忘れていたらどうしようと不安で、その電話がどうしてもかけられず、ずるずると時間が流れていくだけであった。そしてそんな状態が何年か続いた後、2006年11月3日、品川力さん、逝去。享年102歳。今日はその一周忌。 書物とともにその人生を生きてきた品川さんにもっとも似合う季節、読書の秋に品川さんは旅立った。毎週金曜日、神田の古書会館に行き、古書展の会場に入ると、ツバの広い帽子をかぶり、扇子を腰のポケットに無造作に突っ込んだ品川さんが今でもそこにいるような感じがして、少し切なくなる。 *画像は品川さんからいただいたスナップ写真。 若い頃、東大構内で撮ったものだそうです。 |
by kennedy-society
| 2007-11-03 12:50
| ケネディ文献・資料
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