福田久賀男さんの思い出 |
ケネディ文献蒐集で出会った人びと 第2回 福田久賀男さんの思い出 松村 要 かつて神田古書会館の前に「世界」という喫茶店があり、毎週金曜日に開かれる古書展に通う古書マニアが集まっていた。階段を上がると右側に大きなテーブルがあり、そこで古書展の常連たちが会場で入手した本や雑誌を手に、古書の話から政治情勢まで四方山話に花を咲かせていた。 まだ古書展に通い始めたばかりであった私は、品川力(ペリカン書房)、北川太一(高村光太郎研究)など、知る人ぞ知る古書道の達人たちを遠くの席からそっと眺めていたが、そのテーブルの中心にいたのが福田さんであった。 福田さんが遺した唯一のまとまった著作『探書五十年』 の著者紹介に、 「大正論壇の鬼才・安成貞雄に私淑し、土田杏村・田中王堂・生田長江・野村隈畔を論じ、佐藤緑葉を師と仰ぐ。大正文学はもとより、大衆文学についても博引旁証の文献学的薀蓄を傾けてあきない」 とあるように、その文献蒐集にかける情熱は半端ではなく、 「炎暑の夏も、極寒の冬も、雨が降ろうが、風が吹こうが、この日ばかりは早く起きて、私が絶対欠かさないのが、神田古書会館で開催される毎週金曜、土曜の古書展通いである。古書展は神田以外でも、高円寺・高田馬場・五反田でも開かれており、デパート展まで含めれば、平均週に二日はこのために費やすことになる。同日に二ヵ所で開催されることが有れば、時間をずらしてでも必ず二ヵ所とも回る。」(同書P106) と書いている通り、都内各地の古書展で福田さんの姿を見かけないときはないくらいであった。 また、本書にも収録されているように、たとえば『芥川龍之介事典』のような粗雑な研究書に対する批判は、 「この執筆者、本事典の『モリス』を書く資格はないと断じてよい」(同書P166) 「この項目に限っていえば、到底頂ける代物ではない」(同書P166) 「調べれば分るはずのものを、生没年月日も不明にしたまま、手抜きが歴然としていて読んで甚だ不愉快である」(同書P167) 「ポピュラーな文庫本まで落としているのは、みっともないとしか言いようがない」(同書P170) と、ええ~そこまで言って大丈夫ですか、と思うくらい容赦なく、手厳しいものであった。それは神田古書街で知らない人はもぐりだとまで言われた福田文献博士(こう呼ばれてもいた)なればこその批判であったと思うが、批判された側からの非難・中傷も多く、大変だったのではないかと思う。 しかし、当時探していたケネディ文献を古書業界の雑誌「日本古書通信」が縁でいただいてからおつきあいが始まった福田さんは、かぎりなく優しく、私のような若造も決して呼び捨てにはせず、「松村さん」と呼ぶお洒落な紳士であった。そして10年以上のお付き合いで、福田さんからいただいたケネディ文献は最初にいただいた『ケネディ夫人の礼状』をはじめとして、雑誌・本およそ100点ほどになった。 その福田さんが末期ガンに侵され、余命いくばくもないと古書仲間から聞かされて、私もお見舞いに出かけた。病院のベッドに座っていた福田さんは思っていたより元気そうで、私が持参した好物のメロンを見て「おいしそうなメロンだね」と微笑んでくれた。 1時間近く文学や政治の話をして「そろそろ失礼します」と帰ろうとすると「玄関まで送るよ」といってガウンをはおり、長い廊下を一緒に歩いて玄関まで送ってくれた。私が「闘病、頑張って下さい」というと「ああ、頑張るよ」と言って手を差し出してきた。 その手を握って福田さんの顔を見ると、涙がうっすらと目に浮かんでいて、私は思わず目をそらして「また、来ます」とだけ言って、手を離した。福田さんはこちらをじっと見てからくるりと背中を向け、病室の方へ帰っていったが、それが最後の別れであった。 その2ヵ月後、福田さんは都内のホスピスで亡くなったが、福田さんの最初にして最後の著作となった『探書五十年』 が友人たちの奔走によって出版されたのは、亡くなるわずか4日前であったという。それでも亡くなる直前までゲラに目を通し、恩師である小田切秀雄先生が序文を書いてくれたのを子どものように喜び、この本の出版を心待ちにしていたと聞き、よくぞこの本を出してくれたと、友人や出版社に感謝の気持ちで一杯である。 福田さんが存命中、私が神田や高円寺の古書展を休むと、翌日、「昨日はどうしたの」という電話がよくかかってきた。何だか、学校をずる休みして先生にしかられているような気分であったが、今でも、古書展を休むと、その懐かしい声が電話の受話器の向こうに聞こえてくるような気がして、福田さんの優しい笑顔が浮かんでくる。 福田久賀男著 『探書五十年』 不二出版 1999年発行 261頁 安孫子清水著 『ケネディ夫人の礼状』 王子書房 昭和44年発行 186頁 |
by Kennedy-Society
| 2013-09-07 19:14
| 福田久賀男
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